第78回 前進


 俺は視界に表示されている矢印通り、まっすぐボスのいる場所を目指すことにした。


 羽田や杜崎教授から糸を引くような粘っこい視線を向けられる中で、これ以上遅らせることは危険だからだ。


 いくら超レアスキルの【クエスト簡略化】について悟られたくないからといって、虐殺者と絶対者の前でぐずぐずと先延ばしすることは死を意味する。


 また、今の構成だとモンスターが何匹現れようとも瞬殺できるので、そういう意味でもかなりスムーズに進むことができていた。


「佐嶋ぁ、ボスまであとどれくらいだ……?」


「……勘だけど、もうちょっとじゃないかな」


 羽田はそれ以上何も言わなかったものの、やや低くなっている声色からも、堪忍袋の緒が切れかかっているのは明らかだ。俺が思っていた通り急いで正解だった。


「……佐嶋君、あのときはとても悔しかったよ。自分の折られた膝を食べたくなるほどにね」


「そ、そうですか」


 杜崎教授からも声をかけられたが、その台詞にゾッとする。実際に齧るくらいのことはしてそうだ。


「きっと、君は虐殺者と僕のクエストを乗り越えて、さらに成長しているんじゃないかな?」


 さらに核心を突くような言葉を追加されてしまい、俺は返答のしようがなかった。クエストを乗り越えたことによって、そういうスキルを獲得したんだよねとでも言いたげだ。もう虐殺者と絶対者の二人には、俺のスキルについてかなり深いところまで把握されてしまっているのかもしれない。


 それなのに殺そうとしないのは、俺がボスを探し出すだけじゃなく、討伐する上でも役に立つと考えているからなんじゃないか。


 もうすぐボスを倒せるというタイミングが来れば、二人ともチャンスとばかり襲ってくるんだと思うが、こっちもそう易々とやられるつもりはない。


 あ……。考え事をしながら歩いていた俺の視界には、東から北に方向を変えた矢印とともに、ここからすぐ先にボスがいると提示されていた。


、この先にボスがいる」


 立ち止まった俺の発言によって、周囲から足音が根こそぎ消え去る代わりに、様々な声が上がり始める。


「フンッ、勘の鋭い佐嶋が言うなら間違いない。ようやくボスのおでましだなぁ」


「おー、今まで長かったぜ」


 不敵な笑みを浮かべてみせる羽田と、宙を睨みながら袖を捲る仕草をする黒坂。


「ほう。遂にボスを拝めるというわけか。これは素晴らしい。君たちも楽しみだろう?」


「「「「「は、はあ……」」」」」


 嬉しそうに欠けた歯を覗かせる杜崎教授とは対照的に、原沢を筆頭とした白衣の集団は困惑した表情だ。スレイヤーじゃない一般人ならこんなものだろう。これからボスと遭遇するわけで、ダンジョンから脱出できるチャンスが来た反面、死ぬリスクも高いはずだからな。


「おい、ボスの登場だとよ。お前たち、今から準備しておけ!」


「「「「「了解っ、ボス!」」」」」


 一方、館野とその取り巻きたちは大いに盛り上がっている様子。まあスレイヤーの集団だしな。


「……野球帽、いよいよだな」


「……そうだな、佐嶋……工事帽」


 俺と野球帽は複雑な表情でうなずき合う。


 遂にゴールが見え始めたとはいえ、この状況は素直に喜べるものではないからだ。これからボスを倒そうにも、虐殺者、絶対者、館野という大きな障害が俺たちの周りで睨みを利かせているわけだから。


 それでも、ダンジョンの攻略に向かって一歩前進したこと、それだけは確かだ。


 俺たちが足並みを揃えるようにして矢印の方向へ進み始めてから数秒後、が起きた。周囲が壁に閉ざされて一気に狭くなったかと思うと、エレベーターのように部屋ごと落ちていくような感覚がしたのだ。


 なるほど。病院ダンジョンなだけあって、ツボを押した格好なのか。今まで足に電撃を感じたのはそれを踏んだってことで、最後のツボを押した時点でボスの体を刺激して目覚めさせたってわけだ。


 扉が見当たらないと思ったら、部屋の落下が止まった直後に目の前の壁が中央から左右に開いた。


 その先は一本道の通路になっていて、奥にはオペレーションルームが見える。もう、そこにボスがいるのは誰の目にも明らかだった。中々洒落たことをやってくれるな、ダンジョン菌め。


 通路を渡って内部へ入ると、そこはまさにテレビ等でよく見た手術室とまったく同じ構造だった。


 吹き抜け構造になった二階の窓から見下ろせる一階の中央には、ライトが当てられた大きなベッドが置かれていて、が横たわっていた。な、なんだ、ありゃ?


 まもなくそれが蠢いたかと思うと、レベル99のボスモンスター、ミュータントと表示された。今までのボスのデッドリーゼリーが53、デスマスクが78だったことを考えれば、気の遠くなるような強さであることは想像に難くない。

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