第77回 斜め上


「……はあ」


 思わず溜め息が漏れる。ほんの数十分までは、まさかになるとは夢にも思わなかった。


 俺と野球帽の二人しかいなかったのが、今では館野とかいう中年の男とその仲間たち、それに加えて羽田と黒坂のコンビが傍らにいるんだからな。


 最悪なことに、彼らを引き連れる格好で俺がこれからやらなきゃいけないことが、この病院ダンジョンのボス探しだ。


 俺がなんらかの便利なスキルを持っているってことがもうバレバレとはいえ、その流れに乗って全て打明けてしまうような、そんな愚かな真似は死んでもやるつもりはない。


 そんなわけで、俺はスキルの効果をごまかすべく、矢印通りには行かずに適当にボスを探しながら会話することにした。


「黒坂、アイドルになった気分はどうだ?」


「はぁ?」


 俺の言葉に対し、黒坂は一瞬だけ不快そうな顔を覗かせてきたものの、何か思うことがあったらしくニヤリと笑ってみせた。


「佐嶋、あたしのサインが欲しいのかよ? それとも握手か?」


「チッ……! 黒坂、虐殺者が後ろにいるからって強気だな?」


 黒坂の挑発に食ってかかったのは俺じゃなく、野球帽のほうだった。この憤り方から察するに相当に酷い拷問をされたみたいだな。


「おいおい、あたしは佐嶋と話してたのに、なんで口を挟みやがるんだよ。あ、もしかして、佐嶋とラブラブかよ? 果たして、あたしの出る幕はあんのかねえ――?」


「――こいつ……!」


「いい加減にしろ、野球帽」


「は、放せよ、工事帽!」


「やつには、虐殺者の羽田がついてるってわかってるはずだ。死にたいのか!?」


「……こ、工事帽……」


 俺が怒鳴ると野球帽はさも意外そうな顔を見せてきた。


「無鉄砲な俺が言えた義理じゃないかもしれないが、頼むから、命を無駄にしないでくれ……」


 野球帽は悔しそうな顔をしていたが、理解してくれたのかもう何も言わなかった。


 黒坂はともかく、羽田はやろうと思えばすぐに俺たちを殺せる力を持っているわけで、明らかにボス探しを中断させるような行為でやつの逆鱗に触れるのは避けたかったんだ。


「なぁ、佐嶋、なんかすげー怒ってたけど、やっぱり藤賀とできてんの? あたしにもチャンスが欲しいぜぇ……」


「そうだな……黒坂、お前が死体になるなら充分チャンスがあるかな」


「ちょっ……!?」


 調子に乗っていた黒坂がドン引きしてるし、野球帽の仇を討った格好だ。ネクロフィリアの設定がまた活きたな。


「フンッ、さすがは変態の佐嶋と言いたいところだが、くだらんお喋りはその辺にしておけ」


「おいおい、羽田、あたしと佐嶋が親しそうだからって、嫉妬したかあ?」


「…………」


「ちょ、なんか言い返してくれよ、羽田。怖くてしょうがねえって」


「……何を言おうか考えていただけだぁ」


「し、心臓にわりーって!」


 羽田のやつ、今まで黒坂を生かしているということは、こいつのことが気に入っているんだろうか? なんていうか、癖があって掴みどころのない性格に見えて、意外と単純なやつなのかもしれない。




「――佐嶋ぁ、ボスはまだか……?」


「え、あぁ、もうちょっとのはずなんだけどなあ……」


 あれからどれくらい経っただろうか。俺は首を傾げつつ、羽田の質問にそう返した。もちろん演技であり、ここまでボスを探すのにわざと時間をかけていた。


「てか、羽田、俺の勘なんて外れるときもあるし、そんなに期待するなよ」


「バレバレだなぁ。学校ダンジョンでは冴え渡っていただろう」


「あのときはそれだけ必死だったし、土壇場になるほど冴えるんじゃないかな?」


「……ならば、ぁ?」


 まずいな、羽田が苛立ってきている様子。こいつの放つ殺気は、念力使いなだけあって空気さえも震えるほど桁外れに強いんだ。


「これ以上勿体ぶるようなら、お前の大事な仲間が殺されるような状況にしてみるのもありだなぁ……」


「な、なあ、羽田。俺を死体に変えるにしても、時と場所が大事だって言っただろ。それは守れよ」


「……それはそうだが、待つとしても限度がある」


「もう少しだけ我慢してくれよ。野球帽が死んだら欲情しそうだし、困る」


「お、おい、工事帽、この変態野郎、何言ってるんだよ!」


 野球帽のやつ、顔が真っ赤だ。


「……ならば、見せてもらおうか」


「「うえっ……?」」


 野球帽と俺の素っ頓狂な声が被る。羽田の台詞は予想の斜め上だった。


「観客も多いし、見世物くらいにはなりそうだからなぁ……」


 まずい、これはまずいぞ。このままじゃ最悪の展開に陥ってしまう――


「――いや、中止だぁ……」


「「へ……?」」


 またしても想定外の台詞が羽田の口から飛び出た。なんだ……?


 それから少し経って周りからざわめきが上がるとともに、俺はようやくその意味が理解できた。後ろのほうからが現れたのだ。あ、あれは……そうだ、絶対者の杜崎教授と、その取り巻きたちだ……。


「――血の匂いがすると思ったら、やはりここにおられましたか、羽田氏。それに、僕が逃してしまった佐嶋君に、藤賀さん。あとは、突入班の蔵見……いや、館野君だったか」


「フンッ……ケダモノなだけあって、早くもここを嗅ぎつけてきたというわけかぁ。やはり、逃した獲物を前にしてが入っているようだな。面倒だから理性をなくさせる見世物はやめておこう」


「……はて、確かに今の僕が非常に興奮しているのは事実でありますが、見世物とはなんのことですかな?」


「なんでもない。佐嶋、飢えた犬は無視して、とっととボスのところまで案内しろぉ……」


「あ、あぁ……」


 詳細はよくわからないが、杜崎教授のおかげで難を逃れた格好らしい。スイッチが入っているとか言っていたし、下手したらやつが理性を失って暴れるってことなんだろうか。つまり、俺が手も足も出なかった絶対者よりも狂暴になっているってわけで、しかも羽田が面倒だと言うくらいだから相当なものなんだろう。

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