第75回 膠着状態


「「――うっ……!?」」


 野球帽と並ぶようにして、矢印通りに進んでいたときだった。俺たちの間を、一本の矢が通り過ぎていった。西のほうからだ。


 異次元のスピードに目が慣れていない一般人には、それが矢であるかどうかもわからなかったはず。


 姿すら見えないのにこの精度……流れ矢が偶然飛んできたとは考えにくい。何者かが俺たちのほうに向かって、牽制する意味合いで放ってきたに違いない。おそらく、これをスルーした場合もっと精度を上げてくるはずだ。


「チッ、一体誰が……」


「野球帽、とりあえず一旦止まろう」


「わ、わかった」


 それからまもなく、矢が放たれた西側から人の姿が見えてきた。どうやら複数いるようだ。その面々が徐々に明らかになっていったわけだが、なんとも冴えない感じの中年の男を筆頭にした、計9人で構成された小規模の集団だった。


「――やあ、どうも。俺は館野良治っていって、スレイヤー協会から突入班の長を任されている男だ。誤爆したみたいで、そっちに矢を放ってしまって申し訳ない」


 館野という男が、頭を掻きながら気まずそうに自己紹介してきた。唯一弓を持っていることから、彼が矢を放ってきたのは間違いない。


「どうも、俺は――」


「――工事帽、こんなやつに名乗らなくていいって!」


 野球帽が興奮した様子で館野を睨みつける。


「おい、館野とかいうやつ、誤爆っていうけど、だからっていきなり矢を放っておいて申し訳ないで済むと思ってるのか!?」


「……んー、まあでも、ここはダンジョンだからねえ、そういうこともありうると俺は思うんだよ、藤賀さん」


「なっ、なんで俺の名前を……!?」


「あぁ、俺はねぇ、班長を任されていることもあって、所属しているスレイヤーについては割りと詳しくてね。については知らないけども……」


「…………」


 この館野とかいうやつ、野球帽から俺のほうへ視線を移してきたわけだが、見る目が全然違うと感じた。間違いなく疑いの目で見ていて、それを隠そうともしないということは、俺がどう出るのか探っているのかもしれない。


「館野とかいうおじさん、さっきの矢は誤爆ではないですよね」


「……あ、やっぱりバレちゃったみたいだね。うん、あれは牽制さ。でも、怪我をさせたくなかったのは事実だよ。まだ、敵か味方かどうかもわからないしね」


「こいつ――」


「――もうよせって」


「佐嶋、止めるなって……あっ……」


 野球帽が俺の名前を出したせいか気まずそうだ。そんなの別に知られたってどうでもいいのに。


「へえ、佐嶋っていうのか。そういえば、どこかで聞いた名前だね。確か……そうだ、学校ダンジョンをクリアしたスレイヤーの弟子だったか……」


「詳しいですね」


「そりゃ、大々的に報道されていたからねぇ。ま、回りくどいのはもうなしにしようか。単刀直入に言わせてもらうと、俺たちの仲間になってほしいのよ。味方にならない味方ほど、恐ろしいものはないっていうからねぇ」


 弓を構えながら館野はそう言い放った。しかも、矢を一本だけでじゃなく、二本もセットしてある。同時に放つつもりか。


「味方にならないなら排除するってことか?」


 俺の言葉に対して、館野は視線をこっちに預けたままうなずいてみせた。


「ま、その通りさ。この世は力こそ正義だからねぇ。けれども、まだ交渉の余地は残されている。武器を捨てて、両手を上げながらこっちへ来い」


「それで矢を放たない保証はないんじゃ?」


「……大丈夫さ。でも、信じてもらえないなら仕方ない。選ぶのはそっちだ」


「佐嶋、一か八か……」


「いや、待て、野球帽。もう少し様子を見よう」


「チッ……! チキンなのか、工事帽はっ」


 チキンでもなんでもいい。この館野という男、只者ではない。やつの弓矢の精度は尋常ではなく、一発で俺たちを同時に仕留められるくらいの力量を持っている。自分らが避けてやつらを仕留めるか、あるいはその前に矢が急所に命中して死ぬか、その瀬戸際だ。


「お前たちが不穏な動きを見せた瞬間、その脳天に俺の矢が突き刺さるだろう」


 完全な膠着状態。ほかの班員たちも剣や槍等の武器を構えているが、見るからに大したことがないのはわかる。この館野という男さえなんとかすればいいわけだが、それが極めて難しい。ここは揺さぶりをかける必要がありそうだ。


「もし矢が外れたら、逆にそっちが全員死ぬことになると思うが、それはいいのか?」


「うーん、それは恐ろしいが、あいにく俺はこの距離で外したことは一度もないんでねぇ」


「じゃあ、何故躊躇している?」


「いや、別にためらっているわけじゃないのよ。今しか見てないなら殺せばいいんだけども、これから味方にできる可能性があるしね、俺はそこにこだわっているんだ。ただし、そう長くは待てない」


 館野は攻撃の構えをやめれば、その瞬間やられるのがわかっているんだろう。弓矢を向けられている状態でデスサイズの即死効果が発動するかわからないが、それに賭けるしかないんだろうか。だが、そこまでいく前に決着がついていそうだ。


「んー……このままじゃ、埒が明かないし、あと15秒だけ待たせてもらうよ」


 今度はやつのほうが揺さぶってきた。15秒以内に決着をつけるつもりらしい。さあ、どうする……?

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