第57回 獣


 俺のいる病室の雰囲気が、の登場によって別物になった。


 それもそのはずで、多数の白衣の者たちを引き連れた男がやってきたからだ。


 医者と思えないほど体格が良くて顔も男前で、その存在感は際立っており、彼こそアナウンスで名前が出た杜崎教授なのは明白だ。クリスチャンなのかただの飾りなのかは知らないが、首から十字架のペンダントを下げている。


 一人一人、親切かつ丁寧に患者に話しかけているし、安心させるためか笑顔も絶やさない。あの眼鏡を曇らせていた短気な医者とは大違いだ。


 一方、風間が忽然と消えたのでどこへ行ったのかと思ったら、布団の中に潜り込んでいた。どうしちゃったんだ?


「――やあ、君が佐嶋康介君だね」


「あ、はい、そうですけど」


 杜崎教授が白い歯を覗かせながら握手を求めてきて、俺はすかさず応じてみせたわけだが、そのとき背筋が寒くなるような、得体のしれない威圧感を覚えた。これは、どういうことだ……?


「確か、この前学校ダンジョンをクリアしたスレイヤーの弟子だそうだね。噂は聞いているよ。師匠の名前はなんだったか、思い出せないが……」


「風間さんですか?」


「あぁ、そんな感じの名前だったね。それにしても、君は弟子とはいえ一般人の立場なのに、ダンジョンを二度も経験して生き残るなんて凄いね。あの黒坂氏よりも凄いのではないかね」


「いや、そんなことはないですよ」


 なんか嫌な感じがするな、この男。物腰は柔らかいのに、どうしてそう思ってしまうのか自分でも不思議だが、どことなく不気味な感じなんだ。


「両腕はすっかり治ったそうだね。スレイヤーでもないのに、不思議だね」


 なんとも答えにくいな。俺のことを探っているんだろうか――?


「――こらっ! 何か答えなさい! 杜崎教授に失礼だぞっ!」


 後ろにいる男が眼鏡を曇らせながら怒鳴ってきたと思ったら、俺の脛をしつこく蹴ってきたあいつじゃないか。コバンザメみたいに教授の背後にいたなんてな。存在感がなさすぎて気付かなかった。


「よさないか、原沢君。コホンッ……失礼な物言いだと感じたなら謝るよ、佐嶋康介君」


「いえいえ、こちらこそ」


 あいつの名前、原沢っていうんだな。別に知りたくなかったのに、耳にしたもんだから覚えてしまいそうで嫌になる。


「実はね、僕もスレイヤーの一人なんだ」


「えっ……」


 これは衝撃的な発言だった。教授とスレイヤーの二刀流だったとは。


「まぁ、別に大したことはないけどもね。それと、スレイヤー協会ではスカウトの役目もこなしている」


「スカウトも、ですか?」


「そうだ。本業が医者だから、スレイヤーとスカウトに関しては片手間だけどね。有望な若者を見出し、勧誘、教育することを目的としている。そうだ、もしよかったら、あとで屋上まで来てくれるとありがたい。今日は予定が少し空いているから、午後六時ちょうどに会うとしよう」


「え、あ、はい……」


 杜崎教授からなんとも一方的な誘いを受けたわけだが、本人や周りの威圧感に押されて承諾してしまった。さすがに行かないとまずそうだが、どうしようか。


 例の男はその他の患者にも同じように優しく声をかけると、やがてぞろぞろと取り巻きを引き連れて病室から去っていった。


「風間さん、もう出てきていいですよ」


「…………」


「風間さん――!」


「――あひぃっ」


 俺が勢いよくベッドの布団を剥ぎ取ると、風間は本物の患者のようにガタガタと体を震わせていた。


「風間さん? 一体どうしちゃったんですか……」


「……あ、あれはな、があるとして、スレイヤーの界隈ではかなり有名な人物なのだ……」


「途轍もなく恐ろしい噂……?」


「うむ。だと言われておる」


「……ひ、人を食う獣――!?」


「――しーっ!」


 俺はしまったと思って恐る恐る周りを見たが、大丈夫だ。注目されている様子はないし、仮に聞こえていたとしても、あまりにも突飛な話なのでフィクションだと思うに違いない。


「あくまでも、スレイヤーを食べるということだが……」


「な、なるほど、スレイヤーだけなんですね……って! そんなヤバい人がスカウトをやってるって本当なんですか?」


「もちろん、あくまでも噂だ。しかし、このなんでもありなスレイヤーの世界では、普通にありうることだろう。佐嶋だって、羽田や鬼木の恐ろしさを実際に目にしておるではないか」


「で、でもあれは、高レベルのスレイヤーで――」


「――やつもそうなのだよ」


「えっ……」


とかいう異名を持つ男でな、詳しいことは不明だが、レベルは100を優に超えておるらしい」


 絶対者、か。なるほど、俺が感じた威圧感や不快感みたいなのは当たっていた可能性があるな。もしかしたら、あの羽田や鬼木の同類かもしれないってわけだ。これは、どういう人間なのか直接話を聞いてみないといけないな。

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