第48回 真っ逆様


 まさか、これほど胸が躍るような場面が来ようとは、夢にも思わなかった。


 が迫ってるんだから当然だ。喜怒哀楽の喜のフェーズに入ったデスマスクの勝利の哄笑が轟くまで、とうとう残り13秒を切ったところだった。


 俺たちにとっては祝福の音色を聞くことができないのは残念だが、下手すればあの世逝きになるわけだし、それは羽田のやつに任せるとしよう。


「風間さん、その大剣、肩に担いでもらえませんか?」


「ん、こうか……?」


「はい。両手を放しても剣が落ちないように、バランスよく……そうそう、そんな感じです。これで俺たちがやることを隠せますね」


「ま、まさか……佐嶋のとっておきの秘密とは、のことか……?」


 風間も察したらしい。一度経験してる人間じゃないとわからないことだからな。


「そういうことです。それで。もちろん、やることはわかってますよね?」


「うむ……」


 この局面は耳を塞ぐだけでいいためか、風間が余裕の顔で剣を担ぎつつ、俺とともに虐殺者のいる方向を一瞥する。


 よしよし、これで隙あらば俺たちが狙おうとしてくるんじゃないかと羽田は考えるだろうし準備完了だ。残すところあと5秒。


「――フシュウウウウゥッ……」


 遂にそのときだ。俺は風間の大剣で顔を隠しつつ耳を塞ぐと、ボスとは対照的に大きく息を吸った。


「羽田京志郎……! これからとっておきの秘密を打ち明けてやるから、俺が言うことをよく聞いてほしい! それは、この笑い声に集約されている! これがどういうことかわかるか!? もうそろそろわかった頃だな!? ボスに笑われるくらい、騙されたお前はとんでもない間抜け野郎ってことだ!」


 羽田がこれでもかと目を開け放ったかと思うと、あたかも羽をもがれた鳥のように真っ逆さまに転落していった。


 あいつの苦しむ声を聞けなかったことだけが心残りだが、あの無様な姿は充分に目に焼き付けてやった。


 ただ、倒れて痙攣を起こしているところは見えるものの、これで死んだかどうかは不明だ。なんせレベル137のスレイヤーなら、体力の数値もかなり高いだろうしな。


 ボスのほうを見上げると、笑い声による攻撃が終わって仮面を被ったところだった。これで耳を塞いでいた両手がようやく自由になる。


「――ふう。よーし、佐嶋よ、よくぞやってくれた。今度はわしが羽田のやつにとどめを刺してやるっ!」


「えっ……か、風間さん、それはちょっと、やめておいたほうが……」


 瀕死の状態に見えるとはいえ、やつは腐っても虐殺者だ。本当にとどめを刺せるならいいが、下手に手を出さないほうがいいようにも思える。なんせ、破壊者の鬼木龍奈との異次元の戦いを間近で見せつけられているだけに余計にそう感じるのだ。


「若いモンが、何をビビっとるんだか! あの虐殺者を倒す絶好の機会、これを逃さない手はなかろうっ!」


 いや、確かにそういう考え方もあると思うんだが、実際に行動に移すとなるとな……ってか、なんでこんなときに限って勇敢になるんだか。


「羽田京志郎よっ! 無惨に殺された者たちの恨みを晴らすべく、わしが貴様の首を取ってやるぞおおおぉっ!」


 ここぞとばかり風間が駆け出し、横たわった羽田目がけて跳び上がっていった。おいおい、本当にやる気なのか。


「はっ……」


 俺は目撃してしまった。羽田京志郎の真っ赤に充血した目が、風間のほうにグルッと動いた瞬間を……。


「か、風間さんっ、羽田はまだ意識がっ――!」


「――な、なぬうっ!? だ、だが、やつはもう、虫の息だっ!」


「お願いですから、死にたくなければ武器を捨てて離脱してくださいっ!」


「ぐぐぐっ……!」


 風間は悔しそうな顔を浮かべたものの、大剣の腹を蹴り上げるようにして後方に跳躍してみせた。スレイヤーならではの曲芸的な動きだ。


 大剣が羽田のほうに落下していく場面を見て、なんかこの光景、どこかで見た覚えがあると思ったら……そうだ、破壊者の鬼木だ。あれは鉄筋をもろに食らっていたが、こんなところまで似てしまうのか。


 ということは、結末は――


「「――なっ……!?」」


 大剣は、羽田に命中する直前、縦に真っ二つに割れて左右に転がってしまった。あんな丸太のような太さの、それも特殊な金属で作られたものが、虐殺者にとっては割りばし同然になるなんてな。


 というか、今にも死にそうな状態でここまでやれるのか。もし風間があのまま突っ込んでいたらと思うと心底ゾッとする。


「……か、か、勘の鋭い佐嶋を信じて、よ、よよよっ、よかったわい……」


 風間は青ざめて座り込み、すっかり戦意を喪失してしまった様子で、元の臆病な爺さんに戻ってしまっていた。でもこれでいいんだ。虐殺者のような化け物を相手にするなら、それこそ慎重すぎるくらいがちょうどいい。

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