第14回 危険地帯


 コンビニダンジョンのボス、デッドリーゼリーとの戦いにおいて、俺はますます自信を深めていた。を掴んでいたからだ。


 やつの体が凹んで酸の塊を出す場合、数少ないセーフゾーンでじっとしていればいいし、ジャンプ攻撃をし始めたら、できる限り近い位置のセーフゾーンに立ち、着地すると同時に攻撃するだけでいい。


 やつは普通の歩行移動ができないっぽいし、このやり方で反撃を食らう心配は今のところなかった。時間はかかるだろうが、この調子ならいずれ必ず倒せるはず。


「な、なあっ、これってもしかしてクリアできるんじゃね!?」


 黒坂の弾むような声が耳に届く。ピンチらしいピンチもなくなったし、そんなことを言える余裕も出てきたってことだ。


「多分、いけますよね、これ……」


「山室もそう思うだろ! ホント、すげーよ、佐嶋っ!」


 ……これはまずいな。浮ついた空気は身を滅ぼすことに繋がるからだ。


「ったく、最近の若いモンは……強すぎる! やっほい!」


「…………」


 俺は喋ってる余裕なんてないし、年配の風間がこの楽観的なムードを変えてくれると思ったものの、期待外れに終わった。


「チッ……まだ勝ったわけじゃないだろ」


 このときばかりは野球帽に内心感謝した。こいつの場合は俺のことが気に入らないだけなんだろうが、結果的に空気を引き締めることになったからだ。


「「「「「――っ!?」」」」」


 それからまもなくのことだった。俺がバットを振り下ろしてボスにダメージを与えた直後、やつの姿が忽然と消失した。


「よ、よっしゃ、ボスを倒した!?」


「ぬっ!? わしらは遂にボスに打ち勝ったのか!? そうなんだなっ!?」


「本当に、勝ったのですか……?」


「いや、待ってくれ、確かなのか……?」


 みんな歓喜しているようで、どこか喜びきれないところが見られた。


 これでいい。浮ついたままの空気だったら危なかったが、ちゃんと冷静になれている。ボスがこの程度で本当に死ぬのかという疑問を心の片隅に抱いてくれている。


 お、ボスの攻撃に関する情報が視界に出てきた。やはりまだ死んではいない。これは攻撃のカウントダウンだ。


「まだだっ!」


 俺は叫んで注意喚起しつつ周囲を見回すと、まもなく赤いウォーニングゾーンがとある場所に浮かび上がってきた。しかも、それはメンバーの一人の足元だった。


「黒坂、避けろっ!」


「へ……?」


「いいから早くっ!」


 黒坂が慌てた様子でその場を離れた瞬間、床から何かが飛び出てきた。


「――ブオォォォッ!」


 姿を隠していたデッドリーゼリーだった。ジャンプ攻撃の次は地中に隠れてからの攻撃か。


 特定の標的を狙うってことでジャンプ攻撃と要領は同じだが、攻撃するまで姿が見えなくなる上、ウォーニングゾーンも表示されないだけに、こっちのほうがより威圧感があって脅威だな。反撃できるタイミングも出てきた直後しかないし……。


 実際、さっきまで色濃かった楽観的なムードが消えかかっているのがわかる。


「…………」


「ひっ!?」


 ウォーニングゾーンが足元に出てきた人物――風間を、俺が見やったときだった。


 俺の視線を感じ取り、攻撃が来ると思ったのか風間はすぐにその場から離れたわけだが、その位置が急に青いセーフゾーンに切り替わると、今度は俺の足元が赤く染まった。


「はっ――!」


「――ブオォッ!」


「くっ……!」


 注意深く足元を見ていたのでなんとか回避できたものの、早めに退避すると攻撃対象を途中で切り替えられるという意味でも、この攻撃方法は今までの中で一番厄介に思えた。


 そのせいかみんな恐れのほうが上回りつつある、そんな空気だ。浮ついたような空気もダメだが、こうした緊張感に満ちた状況もあまりよくない。


「――うっ……」


 そんな緊迫感が持続したことによる影響か、山室が青い顔でうずくまってしまった。今にも吐きそうな様子で口を押さえている。早くも心配していたことが起きてしまった。


 みんな心配そうに彼のほうを見たものの、今はそれどころじゃないといった表情ですぐに目を背けた。見えないボスの攻撃をかわすことで精一杯だからだろう。


 って、あれ? カウントダウンが進んでいるにもかかわらず、赤いウォーニングゾーンが俺を含み、誰の足元にも浮かんでこない。まさか虐殺者の羽田かと思ったが違った。じゃあ一体どこに……? ボスの攻撃が来るまでもうあと5秒しかない。


「はっ……!」


 そうだ、わかった、山室だ。ただでさえガタイがいい上、うずくまってたから見えなかったんだ。だがもう、今更避けるように声をかけたところで間に合わない。


「山室さん、そこを離れるんだっ……!」


 俺は全力で山室に向かって体当たりしたつもりが、軽く押すくらいしかできなかった。な、何故だ……って、そうか、ただでさえ大柄な上、パーティーメンバーだから攻撃できないという理由で強く弾き飛ばせないんだ。


 残り3秒だが、諦めるわけにはいかない。俺はうずくまった山室の体を押し切り、ウォーニングゾーンからなんとか脱出させたが、その直後に……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る