翔の冒険 2

龍冶

第1話 無念の北の極みの尊

 シン達が焔の童子の欠片退治に奔走していたころの事。

 ボディーガードの職を得た北の極みの尊、レディー・ナイラの隣の部屋に収まっていた。しかも廊下を通らず、直接彼女の部屋に行ける続き部屋に通されていた。彼女付のメイドさんの部屋だったのを、明け渡してもらったのだ。

 北の極みの尊としては、実の所何処の部屋にいても、イザとなれば直ぐナイラの所に行けるので、なんだか心苦しいと言うか、居こごちが悪い。人間界とはこうゆうものであろうと、割り切ることにした。

 北の極みの尊、略して『極み殿』、ナイラの隣部屋で過ごしていると、シン達が御神刀を手に入れてロンと対峙した事を、大露羅からのテレパシーで知った。ロンを始末したと知らされ、ほっとする。しかしこうなると、もう用無しではないだろうか。彼女の夫、クリス大統領に解任されるのを覚悟した。

 ところが事情を知らないSP関係者は、大統領のSPが一人殺されたことにより、レディー・ナイラの個人的ボディーガードの極み殿の必要性が、ますます高まったという結論に至っていた。

 実の所、SP達はレディー・ナイラがいささか怖かった。やはり勘の良いものは、彼女が只物でない事が解るらしい。そこで、ボディーガードが雇われたことは、喜ばしい事だったのだ。と言う事で、極み殿はしばらくこの続き部屋に住むこととなった。

 大露羅からの実況テレパシーで、シン達は日の国に帰り、焔の童子を始末して、ご両親の仇を打っているのも分かり、益々満足の極み殿。思わず、彼用に用意されていた高級ウィスキーを口にした。ところがそれを飲み込む暇もなく、シン達、次は地獄のおそらくナンバー5辺りの奴と対峙している。おろおろする極み殿、思わずウィスキーを飲み込んだが、うまいはずの味は感じなかった。

 シンは奇跡的に奴を倒した。子孫の翔はなかなか役に立つ。だが、古い焦げ鱗が燃えきった後、元気になったシンは、とっとと黄泉に上ってしまった。御神刀をその辺にうち捨てて。

「おいおい、どうする気だ。せっかく手に入れた御神刀を」

 あきれていると翔が拾っている。だが極み殿、御神刀が人間介に在る事を懸念した。

「まったくもって、シンの出来の悪さには困ったものじゃ。翔がいくら出来が良くても、あれを使いこなせるものか。それに半霊獣っぽい兄弟も近くにおるし。あれで怪我でもしたら、あの者達は、どうなる事やら」

 日の国の様子の中継を見ながら、不味い酒に目をやる極み殿。

「これは、しまった。この酒、ロンの奴が妙なものを入れていたな」

 吐き出そうと苦心するが、酒はすでに体中に染みわたってしまった後だった。

「これは地獄の毒。と言う事は、レディー・ナイラの予知した事の始まりじゃな。ナイラ、気を付けろ」

 ナイラにテレパシーで知らせながら、極み殿は倒れ、朦朧としてきた。そして、どういう事か、日の国の火山の噴火口にある、地獄の入口が閉じているのを感じた。この事から大露羅は、もう地獄の者達は諦めたと思っていたのだろう。

 だが、地獄の入口は日の国だけにある訳ではない。地獄の入口は人間界には三つある。大露羅は死んだ後、忘れてしまったのか。後の二つは、このUSBBにある巨大火山の噴火口とナイラの故郷、砂漠の砂の中に隠れている穴だ。


 部屋で寛いでいたナイラは知らせを聞き、極み殿の部屋のドアを開けた。

「まあ、しっかりしてくださいな。あなただけが頼りでしたのに」

 倒れている極み殿を助け起こす、ナイラ。

「面目無い。油断して、酒の毒に気が付かなんだ。ボディーガードに来たはずが、とんだ失態じゃ」

「何と言う事でしょう。これは地獄の猛毒。無味無臭ですから、誰も気付くことはできませんよ。私のボディーガードなどになってしまい、こんなことになって、何とお詫びすればよいか」

 その時、ぶうぉおおわあぁあんと何か只ならぬ気配の者がやって来た。

「私の予知能力、やはり当たっていたわ」

 など言っておられない事態になった。

「おのれ、地獄の輩」

 毒を飲んで瀕死かと思われた、極み殿であるが、最後の力を振り絞り、龍神の姿に変わりながら、そいつを踏みつけた。だが生憎、大統領邸の中だったため、コンクリートを崩すことに体力を奪われて、踏みつぶすまでには至らず、事切れてしまった。レディー・ナイラはこの事態をどうすればよいか困ってしまったが、極み殿。亡くなる直前に今の立場を思い出し、人間の姿に戻って、何とか事なきを得た。さすが年の功である。 

 大統領邸が何故か崩れ、SPや付き人達は困惑し、右往左往である。大統領は公務で不在のため、SPはほとんど居なかった。まあ、居た所で、役に立つ訳では無かったが。極み殿が毒を飲んだ事で、地獄の輩には絶好の機会となったようだ。

 レディー・ナイラは自身の予言通り、地獄の三大魔王の内の一人に取りつかれてしまった。

 しかし見かけや物腰は全然変わらない。しいて言えばボディーガードが死んでいても、あまり気にしていない様子。駆け付けたSPや付き人に、何かが爆発して、ボディーガードが亡くなったようだと説明した。そして亡くなった彼は知人なので、自分で家族などに知らせて処理するからと言って、皆を引き下がらせた。そして死んだ極み殿を処理した後は、大統領の私邸に一先ず引っ越すことになった。

 誰も見ていない事を確かめた魔王は、極み殿を食いだした。霊獣は魔王にとって、食料にすれば、その霊力を養分にすることが出来るのだ。黄泉に向いながら悔しがる極み殿。黄泉でシンに会う前にすでに十分怒っていたのだ。大露羅は、極み殿をこれ以上怒らせる結果を懸念した。霊獣は、死んだ直後に怒り心頭の場合、黄泉には行けず怨霊霊獣となって、地上に落ちてしまう。それでシンを黄泉から追い出したのだった。


 USBBの大統領私邸の真上に集まった四人と一龍、中の様子を窺い、思案に暮れていた。

「あれは地獄の三大魔王の内の一人じゃな。伯父上も敵わなかった奴じゃ。言うても仕方ない事じゃが、強そうじゃ。どうしたものかな」

 と言ったシンは、翔を何故かジッと見ている。

「何、じろじろ見てんだよ」

「先日、我と主とで退治した奴のことを思い出しておった。主に取りつこうとしたが、悲鳴を上げて出て来おった所を。我が打ち取ったな」

「それがどうした」

「ああ言う不浄な者達は、清浄な者と交わると、力を奪われて弱くなることが多い」

「清浄って何」

「心に煩悩、罪悪、欲がなく心身が清らかな者じゃ」

「俺が」

「翔が」

 皆一斉に驚いた。

「地獄の輩に比べてじゃ。まあ、人間同士と比べてもそうじゃが。そこでじゃ、物は相談だが。今度もその手で行こうと思うが、どうかのう。翔殿」

 シンは柄にもなく、翔に『殿』までつけて、皆これはきっとおだてていると思った。かなり危険な提案である。

「シン、俺にお世辞使いだしたな」

 翔は察した。この前一度死んだら、二度、三度死んでも同じだと言ってしまった事を後悔した。だがレディー・ナイラと俺と比べれば、世間に対する貢献度は桁違いだろう。

「だけど同じ手使えるか?いくらあおっても、俺に近づかなかったら、どうするんだ」

「その時は怒らせるしかないな」

「怒っても近づかなかったら」

「お前、御神刀を持って言え。少なくとも、奪いに行こうとするだろう」

「そして奪われたらどうするんだ」

「御神刀も清浄なんだ」

「なるほど。ツー事は今回は俺の活躍に掛かっているな。カカカカカ」

「能天気な奴。出来ると思うのか、翔」

 強と烈は心配する。

 リラはと言うと、再開の喜びもつかの間、シンを黙って睨んでいる。翔は、

「まともに戦って、勝てる相手じゃあないし。やるしかないな。負けたらどっち道、全滅かも知れない」

 それはそうである。皆覚悟を決めるしかない。そうと決まったら、翔は魔王を挑発しに、レディー・ナイラの所へ降りて行った。

「ちわー、あれ、あんたレディー・ナイラに取りついた、地獄のあほーだな。みんな懲りずにやって来るねえ。ほれ、これが何か知っているかな。知っているみたいだねえ。そうなんだよ。あほーを殺す御神刀さ。俺、あほーを殺しに来たんだ」

「何をホザク。非力な人間のくせに、これでも食らえ」

 ぶうおうおぉぉうーん

 例の技を出してきた。ところが御神刀を持っていると、そのパワーは御神刀を避けて、通り越した。

『なるほど、だからシンは平気だったんだな』と思った翔。

「何だよ。代り映えのしない事ばかりするな。お前本当に魔王か?他に技は持っていないのか。ひょっとして、魔王のモグリと違うか」


 ここで一言断っておくが、翔は誤解している。御神刀を翔が持っている所為に、地獄のパワーは避けられていた。あの時、シンもあのパワーはまともに受けていたが、頑張って立っていたのだ。この御神刀は人間に危害を加えないどころか、守っているのだ。こんなことは計算外の出来事である。良い方の計算外。こんな話は龍神たちの間でも初めての事だ。


 魔王のモグリと言われた魔王は怒り心頭に達した。

「そういうなら、別の技でも出すか」

 そう言ってレディー・ナイラから出て来ると、実態となって翔に襲いかかって来た。すかさず強烈兄弟とリラは、倒れているレディー・ナイラをかかえて、打ち合わせどおり、できるだけ急ぎ、遠くへ逃げ出した。

「わあい」

 別方向へ逃げようとする翔であったが、逃げる間もなく捕まった。しかし、翔に触った瞬間、

「ギャッ」

 魔王は悲鳴を上げた。すっかりへたり込んだ翔に変わって、シンが御神刀を素早く受け取り、魔王に切りつけた。慌てたので、急所ではない筈の所を刺したが、何故か魔王は倒れた。そして、切りつけた所から、ジュウジュウ溶けている。

「ふうむ」

 興味深く、観察する翔である。シンも、

「はて、面妖な。急所ではなかったはず」

 と感想を述べた。

「モグリは急所でなくてもやっつけられるんじゃない」

 最後まで魔王をからかう翔である。溶けながら、

「おうのうれえ」

 と言っているが、なかなか死なないとも言える。

 二人で、首をかしげていると、何と黄泉に行ったはずの極み殿がやって来た。

「ほお、お前達、良くやったと言っておこう」

「あっ、伯父上様。どうして此処に」

 驚くシンを見て、翔は彼が北の極みの尊と察した。

「伯父さん、怨霊龍ってやつになったんじゃないの」

 と敬意も尊敬も無い言いようである。

「そうよ、よう判って居るではないか。誉めてつかわそうか」

「そんな、何故ですか。伯父上様ともあろうお方が」

 狼狽するシンに、翔は、

「そういう言い方、伯父さんの神経に触るよ、きっと。なんか訳があるんだよ」

 と言ってやった。

「よう言うたのう。翔とか言う名じゃったな。こいつにわしの死骸を食われてな。腹が立ったから、戻って来てみたのじゃ。急所を刺さなかったようじゃな。それでひと思いに死ねぬ。それにわしの死骸を食っておるし、霊力がかえって災いしておるな。ざまあみろじゃ。しばらく苦しむ様を見て居ようぞ」

 割と意地悪な感じになっている伯父上を見て、ますます狼狽するシンである。しかし、内心自分の事が原因では無かったので、ほっとする所だ。

「ところで、レディー・ナイラは何処に?」

 気がかりな事を思い出したらしい極み殿。彼女の行方を聞かれて、翔は、

「強烈とリラでどこかに逃げているはずだけど」

 と答えた。

 何気ない会話の様に聞こえるが、極み殿はそういう生前には察せられたことが、分からなくなっているのだ。今度は口にこそ出さなかったシンではあるが、伯父にテレパシー能力が無くなっている事に気が付いていた。

 黙り込んでいるシンに変わって、翔は、

「それじゃあ、極み殿。レディー・ナイラ達を探しに行きましょうか。シン、こいつやっぱり急所刺しといた方が良くないかな」

「そうよのう」

 何だか、すっかりこの場を取り仕切っている感じで、翔は極み殿を誘って、レディー・ナイラの所へ行く事にした。実は翔、熊蔵爺さんとの付き合いで、年寄相手は慣れていた。

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