第30話 黄金の草原 - 13
森との境界線の前に立つと気配が森の奥の方へと少し移動し、数が増えている。
「さて……」
森の中で倒すと魔獣の酸の血で植物にダメージが入ることになるのであまりやりたくないのだけれど、複数で来られた場合は抜けられて村の方に向かわれるリスクの方が大きいので相手の規模が判らないと森の外におびき寄せての対応も面倒すぎる。
つまりどちらにしろリスクとデメリットが存在していて、使えなくなった木材が増えると復興が遅れ、おびき寄せて畑にまで移動されると今度は次の作付に影響が出るということで悩ましい。
リスクヘッジの観点で言えば森の中で処理をした方がマシ……なのだけれど、一時的にでも失われる範囲が広くなってしまった場合、今度は熊や猪が畑を荒らし始めることも十分考えられるので実行するのであれば最速最短で広範囲に魔獣の血が飛び散らない手段を取った方が無難。
『幸い商隊はもう殆どが村の近くだから最悪力を使っちゃうのは?』
「万が一はあるから避けたいけどね」
選択肢から外しはしないもののどうしてもリスクを考えてしまうのはこの世界に来てからの癖みたいなものになっている気がする……最もうっかりでばれて面倒なことになるどころか本来の目的である人探しに支障が出るのでこの癖を直すつもりないが。
イネちゃんがあれこれ考えていると森の中で遠くにまで響く遠吠えが1つ上がった。
「遠吠えかぁ、危険察知は確定だろうけれどどっちの意味だと思う?」
『行くか逃げるかの二択なのはわかるけど、状況的に逃げてくれると思う?』
イーアに質問に質問で返されたが、実際この状況で逃げてくる可能性は結構低い。
何せイネちゃんは先ほどから森に向けて殺気を垂れ流している状況で野生動物の気配は遠ざかっているにも関わらず魔獣と思われる気配と質量は移動しようという動作すら感じられないのだからやるしかないのは確定。
お互い気づいている状態なので奇襲は成立しないのはいいとして魔獣の知能が高いことはわかっていること、木々の異常な揺れは今のところないけれど……魔獣の身体能力を考慮すればイネちゃんの聞こえる範囲外の木の上に待機させてタイミングを狙っていてもおかしくはない。
このままにらみ合っていたらあちらが数を揃えてくる確率が上がるため、そろそろ行くか引くかの判断をしたいけれど……。
『架空金属粒子を広範囲に展開してちょっとズルする』
「あっちにばれないようにね」
このあっちと言うのは村の方にという意味であって、魔獣相手にはむしろばれても問題ない。
魔獣相手にはばれた方があちらも警戒してくれて行動制御しやすくなる分こちらが動きやすくなるし、なんだったら追い込み漁の要領で待ち伏せしながら一網打尽することも出来る。
『光学迷彩も含めて対応するから大丈夫、展開が終わったら仕掛けて』
「了解」
久しぶりに力を使うのでうっかりからくる失敗は起こさないように慎重かつ速やかに架空金属粒子を広域散布していつでも戦闘出来るように準備を始める。
対魔獣である以上は格闘術にこだわる理由もないし、村でも使った高周波ソードと直接脳のある背骨付近への発勁や高質量打撃で強引に進めていくのが理想……だけど相手の数次第ではイーアに広域散布してもらっている架空金属粒子の動作を光学迷彩特化にしてビームも視野に入れていく必要があるか。
『OK、行けるよ』
「周囲の状況は逐一お願い」
イーアと役割を完全に分割することで戦闘時の反応は少し鈍くなるものの、今までの経験から考えた場合特別致命傷にはならないだろうという判断の元周囲にイネちゃんの力がばれないことを最優先してから森の中へと突入する。
こちらが先に動いたことで今まで潜伏優先にしていた魔獣の殺気が複数感じられるようになり、ようやく正しい数を把握できるようになった。
「1、2、3……6か」
今まで戦った中でも最も多い数相手ではあるけれど、今回は架空金属粒子を利用した光学迷彩を含めて展開している状態で単独、村からもそれなりに距離があるため少しならイネちゃんの勇者の力を使っても問題ない条件が揃っているので楽が出来る分問題にはならないとは思う。
架空金属粒子による網も完成しているのでイネちゃんに向かってこず村に直進しようとした2匹程がそれに引っかかりイーアが魔獣を捉えた部分をビーム化して処理したことで魔獣側が狼狽し、残り4匹で同時にイネちゃんに攻撃を仕掛けることにしたのが気配でわかった。
ちなみにイーアが魔獣を駆除した時もビームの光が外に漏れないような工夫をしていたので村だけでなく街道付近でも気づかないようにしている……まぁ架空金属粒子から伝わる感覚では周囲半径1㎞くらいの中に人間はいないので杞憂でしかないけれど今のところバレる要素はない。
まずは正面の1匹、殺気を出して威嚇してきているけれどこちらはそれに付き合ってやるだけの時間猶予はあまりないのでショートソードを抜刀し、高周波振動させたとほぼ同時に目の前の木を2本程度斬り倒しつつその内1本を後ろ回し蹴りの要領で魔獣側に倒れるように蹴りつつ倒れる木の上に乗る形で魔獣に向かって走る。
威嚇してきている魔獣にたどり着く前に一番近くに控えていた魔獣が森の木々よりも高く跳んでこちらに狙いを定めて降下する形で飛び掛かってきたが、仕込み籠手から前方にワイヤーを伸ばし威嚇している魔獣の少し後ろの地面に突き刺し巻き直すと同時に前に跳んで加速して回避しつつ高周波ソードですれ違いざまに1匹の魔獣を両断しつつ勢いのまま距離を取る。
『左右2匹も来る』
イーアの情報通りイネちゃんの着地を狩る形で左右から魔獣が飛び掛かってきていて、1匹は勢いのまま跳ぶ前の場所に、そしてもう1匹は今まさにイネちゃんが着地した場所目掛けて全体重をそのままぶつけるように飛び掛かってきた。
「くっ……!」
着地でまだまともにバランスが取れていないタイミングだったので流石に受け止められずに押し倒されるも、高周波ソードを持っていた右手は動かせる状態だったので逆手に持ち直して魔獣の体に突き刺し、魔獣の体が少し浮いたタイミングを狙って足をまげて蹴り飛ばす形で魔獣が出血している部位と逆方向に抜け出す。
当然ながらそんなもたもたした動きをすれば無傷の魔獣2匹が追撃してきており、高周波ソードも魔獣に突き刺してしまったため手元にない。
『ビームは?』
「まだ、大丈夫!」
地面に設置している状態なので勇者の力を使いイネちゃん自身の質量を増加させてまだ生きている目の前の魔獣の背中目掛けてストンプをすることで背骨を折りつつその部分の脳を破壊して軸足の鋼鉄靴をローラーダッシュに変換させて後方一気に移動をしてから回転する形で改めて体勢を整える。
とはいえ耐性を整えたと同時に今度は2匹同時に引っかき攻撃を繰り出してきて反応が一瞬遅れ、仕込み籠手のシールドを展開しつつ追加でビームを発生させビームシールド機能まで使わざるを得なかった。
ただビームを展開したことで警戒した魔獣は空中で体をよじらせつつお互いを蹴る形でビームシールドを避け、体勢を崩したようだがイネちゃんの後方に着地して距離を取り始める。
魔獣も生物である以上生存本能が働くのは、今ビームシールドを回避したことで理解できるものの流石に賢すぎる。
『自然生物の構造や知能からは大きく外れてる』
「最初に対峙した時からそれはわかってたでしょ」
わかってはいたがこれほどまでに賢いというのは予想外というか想定外というか……狼のように群れでの行動がかなり高度であることは織り込んでいたけれど、流石に自傷のようなことをしてまで致命傷を回避する動きをしたのは流石に驚いた。
『……悪いニュース、村の方でもなんかドンパチしてる』
「魔獣?」
『人間同士。でも結構な騒ぎになってるから今の自警団の状況やあの傭兵の負傷状況だと怪しいかも』
「あの傭兵なら大抵のいざこざなら片手で何とか出来ると思ってたけど……」
村の方まで散布範囲を伸ばしていたイーアの報告で村の方で大き目なトラブルが起きていることが分かったことでイネちゃんの状況が変わってくる。
『急がないと自警団の誰かがこちらに来るかもしれない』
「というか散布量的に少量なのにわかるくらいのトラブルってことはもう向かってきてるかもしれないってことだよね」
ビームの使用を抑える必要がある可能性が出たことでこちらは縛りを余儀なくされているのは、学習を進めている魔獣2匹相手だとかなり面倒……高周波ソードも現時点で回収は難しいから余計に辛い。
『まだこっちに走ってきている存在は感知してないから……』
「魔獣が超個体的性質があっても学習共有できない速度で消失させるのが一番早い……か!」
気合を入れ直して2匹の魔獣をにらむと同時に地面からビームを伸ばして首を切断させる。
正直この手を使わされた時点で負けみたいなものではあったものの、トラブルが立て込んできている以上最低限守る必要のあるラインを守るために手段を選んでいられなかったので仕方ない……と思うことにした。
「改めて反応速度の向上訓練もやらないとかな……」
この戦いで改めてそう思いつつ、イーアが処理していた2匹の魔獣は存在を完全に消し去るように地面の中に潜らせて地中でビーム焼却処理をしつつ、魔獣対応をしていたことを示すために4匹の魔獣の血抜き処理をそそくさと始めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます