少女傭兵異世界調査日誌

水森錬

第1話 深緑の場所 - 1

 初めてこの世界に足を踏み出した場所は手入れの行き届いていない原生林で、腐葉土の匂いに混じって色んな植物のものや、こんな場所でも誰かが住んでいるのか何かが燃える匂いが鼻についた。

 イネちゃんがまずやらないといけないことは、イネちゃんがこの世界を訪れるのに使った世界間を移動することが出来る転送ゲートをこの場所で違和感が無くなるような形で保護しなければいけないのだけど……。

「また珍しい、空間跳躍の術式なぞ完成しておらんと思っておったのだがな」

 イネちゃんが動く前に原住民に発見されてしまったようでこんな原生林の奥地みたいな場所で人に話しかけられてしまった。

 どうにも発音に関しては地球の日本語に近いものらしく意思疎通に関してはじぜんい用意して貰っていた自動翻訳の機械を使う必要は無いというのはありがたいところか。

「黙っているのは……言葉がわからんというわけではないようじゃな」

 話しかけてきている人間は初老の男性で衣服を含めた風貌は少々野生的なものの体重移動の仕方や物腰、言葉遣いから世俗を離れて隠遁して生活している世捨て人のような印象を抱いた。

「……単刀直入に聞きます。異世界から来たと言って信じますか?」

「ほう異世界!なるほどなるほど……正直に言えば疑いの方が強い、だがわし個人としてはあって欲しいと願っておるよ」

「こんなところで生活しているような言動に感じられましたから、世捨て人と考えていいんです?」

「そうじゃな、わしとしては主君に仕えるのが馬鹿らしくなってしまってな。異世界人となればわしとしても話しやすい……そう信じるだけの容姿をしておるしな」

 男はそう言ってイネちゃんの風貌を舐め回す様に観察する。

「その服、相当な上等品に見えるが……こんなところに来る貴族の子女など居らん」

「成程……とりあえずこのゲートを隠匿したいからちょっと待ってもらっていいかな」

「隠匿か、別にせんでも問題にはならんだろうがよほど警戒しなければならん理由があるということか」

「結構繊細な問題でもあるので。この辺の地形って変えても問題ないですかね」

「構わんよ、困るのはわしではなくこの辺を隠れ家にしとる犯罪者連中くらいじゃからな。動物も連中を嫌がって姿を消してしもうたし……」

「安心しました」

 それだけ言って目の前の人にだけは真実を告げる前提で簡単に地面を隆起させて転送ゲートを包み込む形で洞窟を、いつもの勇者の力で作り上げた。

「大地の術式……ではないな、そもそも術式ですらない」

「その辺の説明をしますので、どこか落ち着ける場所はありませんか?」

「そうじゃの……明らかにこの世界のものではない力を見せられては興味も沸くというもの。この世捨ての老人にいろいろと聞かせてくれまいか」

 どうやらこの男性も同じことを考えていたようで、ここで2人で軽く噴き出すように笑ってしまった。

「なんとも話が早い。何だったらそっちの世界というのを見てみたいんじゃが……」

「んー……移住目的です?」

「許されるのであれば、したいがな」

「ちょっと確認します。多分この世界の基礎的な知識と引き換えに認められる算段の方が高そうなので」

「何と!その程度でいいのであればわしの知る範囲でよければ全てを教えるぞ」

 興奮している男性をわき目に通信機を起動する。

<<通信早かったな>>

 出発前に会話していたムーンラビットさんがあちら側の待機所の受信機から応答してきた……と言うより出るのが早すぎるのでもしかしたら機器チェックのためにいじっていたのかもしれない。

「あー……出た直後に現地人に見つかりまして、その人はどうにも移住希望みたいなんですが大丈夫ですかね」

<<世捨て人ってところか?>>

「はい、出現したポイントが原生林奥地って感じの場所だったのと本人の自称で確認した程度ですけど」

<<まぁ審査はこっちでやることは確定だし別にええが、イネ嬢ちゃんのことだから交換条件を出したんやろ?>>

「この世界の基礎的な情報全般と引き換えで移住関係のアレコレを対応することを約束しました」

<<OK、こっちでもろもろを対応するし端末経由で情報も渡すんでゲート近辺の調査を頼むんよ>>

「了解しました」

 イネちゃんが通信を終わらせて顔を上げると男性が興味津々に近い位置でこちらをのぞき込んでいた。

「伝心の術式……じゃなさそうじゃな」

「許可が出たので、案内しますね」

「もしかして自由に、何の制限もなく使えるのか?」

「だからこうやって偽装したんですよ」

 簡単な会話をしてからイネちゃんは今作ったばかりの偽装洞窟に入り松明を……作り忘れたのでここはいつもの力でフラッシュライトを生成して暗闇を照らしながら先導する。

「こうも立て続けに来られても驚くことは多いのぉ」

「この程度で驚いていたら気絶しちゃいますよ」

「世捨てとは言え未知への好奇心までは捨てておらんからな、年甲斐もなく興奮してきたぞい!」

 なんというか顔が紅潮してきてる辺り言葉通りなのは間違いない。

 むしろこの男性に関して言えば探求心や好奇心が強すぎるのが災いした結果、仕えていた貴族から疎ましく思われたのではないだろうかと思えてくるものの、それは今のイネちゃんたちにしてみれば好ましい人材……ずいぶんと都合が良い気はするけれどこの世界の直近の情勢はわからなさそうな感じはするので結局のところイネちゃんがこの世界を調査する必要があることは変わらない。

 ゲートの前まで移動すると、ゲート自体がほのかに光を放っている程度でやはり明かりがなければ詳しい状況を肉眼で確認するのは難しいくらいで、夜目が効く人でもこの空間の把握をするのはかなり難しいとは思う。

「ほうほう、これをくぐればそこは異世界ということか」

「そうですけど、あちらで待機している人は強いですよ」

「おぬしよりか?」

「対応力とかは間違いなく」

「ま、わしは事を構える気は全くないから関係はないな。何だったら仕えてた貴族の治世が傾く情報をあれやこれや全部話してもいいくらいじゃよ」

「そういう政治的なものは面倒なので……話してもいいですけど聞かなかったことにしたりしますからね。それとこれは触れても大丈夫ですし安定してますから命の危険はないのでどうぞ」

「おぬしはどうするのじゃ」

「こちらの調査が仕事なので。周囲の安全確保をしてから改めてあなたの持っている情報を受け取ろうかと思っています」

「そうか、それじゃあお言葉に甘えてわしはおぬしの世界に行かせてもらうとするかの。約束の情報に関してはそこにいる人間に話せばよいのだな?」

「それで問題ないですよ」

「それではこの世界からの旅立ちじゃ!持っていくものなぞ何もいらん!」

 男性はそう叫びながらゲートをくぐっていった。

 それほどまでにこの世界に絶望していたのか、それともただ単に知的好奇心が異常に強いだけなのかは受け入れですぐに立ち会うであろうムーンラビットさんが判断することなのでイネちゃんは改めてゲート周辺の原生林の調査を進める。

 早速洞窟から出ると目の前には熊が居てこちらを威嚇するように立ち上がっていたものの、熊には残念だけどこの洞窟を寝床にされては……いやある意味では問題ないけれど、間違ってあちらに熊が行っては問題なので可哀想だけど今日の晩御飯になってもらうことにする。

 とは言ってもいつもの感覚で使えるお守りである銃を含めて飛び道具は基本使用禁止でイネちゃんの出身世界では強力な量販品である放射性物質製の刃物の持ち込みもしていないので手元にあるのは機能を全部使わなければ特殊装備程度に思われる仕込み籠手、刃渡りが少し長めのコンバットナイフに予備としてのサバイバルナイフ程度のものなので近接戦闘術で仕留める必要がある。

 最もこちらの身体能力関係に関しては特別制限されてはいないため、イネちゃんの持っている能力を使えば熊の攻撃は全部受けきって反撃もできるので対人戦ではできるだけ使わないことも考えているために野生動物相手には遠慮せず使っていく予定なので問題にならないけど。

「ま、威嚇した相手を間違えたってことだね」

 イネちゃん側も殺気とかそういった威嚇行動をしていなかったという点では悪いのだけど、とりあえずこの原生林には人を襲う熊がいるという調査が出来た分には良かったね。

 そんなことを考えていると熊の方から攻撃を仕掛けてきた。

 普通の人であればまずもって回避なんて不可能な突進と掌底ではあるけれど、こちらも体躯の小ささを生かす形で下に潜りこむように移動してから地面をしっかりと踏み込んで熊の腹部に拳を添え。

「ふっ!」

 一息で気を叩き込む。

 発勁を入れてから熊が倒れた場合に備えて転がって熊の下から抜け出して構える。

 この一撃で倒れてくれればそれでいいし、そうでなかった場合は次の攻撃に入らないといけないし……周囲の気配を調べた感じではこの熊の子供だとか親はいない感じではあるけれど、どうにもこちらの様子をうかがっている視線がいくつか感じる。

 どうやらこの原生林、あの男性以外にも住んでいた人間がそこそこいるのかな……最もそれを考えるのはまずこの熊を確実に仕留めてからでいい。

 発勁のダメージを受けつつも立ち上がろうとしている熊の動きを確認したのでまだダメージが強い状態の熊に向かって踏み込んで近づき足を大きく回してから熊の頭頂部に向けて鋼鉄靴を運動エネルギー込みで振り下ろす。

 グシャという音と共に熊の頭が潰れた。

 野生の熊にしては弱いなという印象を抱きながら周辺の警戒をしつつ熊の解体と血抜きを始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る