本棚には出会えない

雨車 風璃-うるま かざり-

回らない時計

 彼は私の為に笑ってくれる人だった。

 彼の真っ白な制服と、真っ黒の長い髪が目印だった。

 

 彼は私の真っ黒な制服と真っ白な髪に似合う赤いネクタイと、黒いリボンを贈ってくれた。

 

 私は彼に黒いネクタイと青いネクタイピンを贈った。

 

 私達はいつも一緒だった。

 彼はいつも私の代わりに笑って、私の代わりに泣いた。

 

 私には彼の気持ちが分からない。

 彼は私の代わりに笑うだけだから。

 

 私は彼が好きだった。

 私が彼を見つめるとき、いつも彼は嬉しそうに微笑んでいたから。

 

 彼は背が高くて、私は背が低くて。

 彼は細かいことが得意で、私は力が強い。

 

 私が殺して、彼が死体を隠す。

 彼が仕事を貰ってきて、私が結果を報告する。

 

 彼と私は時計の中の歯車の様に、複雑に、だけど確実にお互いに絡めあって回っていた。

 

 私に仕事が来たのは初めてだった。

 私はその仕事を断ろうと思ったけど、他の人に彼を殺されるのは嫌だった。

 

 私は彼を殺した。

 

 彼は笑っていた。

 

 おかしいな、なんで笑ってるんだろう。

 

 私、本当は彼が死ぬ事を喜んでるのかな。

 

 彼は息も絶え絶えになりながら、笑ってるの。

 

 彼は、満面の笑顔なの。

 

 おかしいな、おかしいな、涙の1つも出ないの。

 

 歯車が1つでも欠けた時計は正しく回らないはずなのに。

 

 上手に生きられてるの。


 料理が上手くなったんだよ、私。

 今までは彼が作っていたんだもの。

 上手くなりようがなかったのよ。

 

 相変わらず私は笑わないけど、楽しく生きてるわ。

 

 あなたは私の代わりに笑ってくれていたのね。

 最期の時まで。ホント、変な人。

 

 あなたのせいで辛いことも悲しい事も経験できなくなってしまったじゃない。

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