『眷族』は職業に入りますか?

大橋 仰

第1話 敏腕経営コンサルタント

 ここは都内某所にある雑居ビル。

 このビルに今、一人の男が足を踏み入れようとしていた。


 この男の職業は経営コンサルタント。

 名前を小鶴井こづるいという。

 かなりのヤリ手であると評判の男だ。

 そんな彼に、今日また新たな経営の相談が舞い込んできたのであった。



 雑居ビルの4階にある、こじんまりとした一室の前にたどり着いた小鶴井こづるい

 壁に掲げてあるプレートにはこう書いてある。


『新感覚リラクゼーションルーム “天国へといたる扉”』


 見るからに怪しい。

 中に入ってみると——


 恐ろしげな風貌をした大男が待ち構えていた。

 どう見ても、普通の人間には見えないのだが……



「吾輩はこういう者だ」

 恐ろしげな大男が名刺を差し出した。


『あなたの “おやすみ” 全力でサポートします!


 新感覚リラクゼーションルーム “天国へといたる扉”


 室長 亜隈出あくまで しょう


 そうなのだ。この大男、見るからに悪魔なのだ。

 なんか変なツノも生えてるし。

 これではお客さんがいたるのは、天国ではなく地獄ではないかと心配になる。


 だが、小鶴井こづるいはヤリ手の経営コンサルタントだ。

 たとえ顧客が人外であろうとも、仕事を断ることなどありはしない。

 顧客が誰であろうと、その顧客に合った経営プランを提供する、それがこの男の信条であった。


 小鶴井こづるいは慎重に口を開いた。

「はじめまして。えっと、今、営業時間中だと思うんですけど…… お時間をいただいても宜しいのでしょうか?」


 彼が尋ねると、目の前の悪魔はため息混じりに言葉を返した。

「構わんさ。なにせ客が全然来ないのだから。しかし、なぜ客が来ないのだろうか……」


「それはあなたが、悪魔だからでしょ……」

 思わずツッコんでしまった小鶴井こづるい


「おいおい、客を呼び捨てにするとは何事だ。それに吾輩の名前は『亜隈出あくまで しょう』だ」

 えっと…… そういう設定なのか?


「まあよい。それではまず、契約を交わそうではないか」


 悪魔とは契約にうるさい生き物だと、昔、小鶴井こづるいのジイちゃんが言っていた。

 小鶴井こづるいは作成してきた契約書を見せた。


「フムフム、顧客の情報は絶対に漏らさないんだな。違約金はと…… ほうほう、まあ、これならいいだろう。では今日のところは『初回体験面談 無料2時間コース』で、本当にいいのだな?」

 満足げな表情で、悪魔が小鶴井こづるいに尋ねる。


「はい。本日、私がご提案させていただくプランにご納得していただけましたら、改めて正式に有料のコンサルタント契約を交わしていただければと思っています」


「よし、それでいいだろう。では、本日の無料相談分について、その契約書に了解の旨、サインしてやるとしよう。判子も押してやるぞ。実印だ」

「いえ、本日は無料相談ですので、そこまでしていただかなくても……」

 ためらいがちに小鶴井こづるいが答えるが……


「バカを言うな。契約は大切だ」

 どうやら小鶴井のジイちゃんの言っていたことは、本当のようだった。


 更に、悪魔は1枚の紙を小鶴井に差し出した。


「あの、これって……」

「印鑑証明だ!」


 この悪魔、役所で印鑑登録してたのか…… 役所の人達、今頃どうしてるだろう。病休の人が出ていないことを願うばかりだ。


「さあ、サインはしたぞ。キサマ、安心するがいい。悪魔とは契約を違えぬものなのでな。ああ、言い忘れていたが実は吾輩こう見えて悪魔なのだ」


 ……ええ、そうでしょうとも。こう見えて実は魔法少女だとか言われたら、きっと収拾がつかなくなっていたでしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る