第14話 未知なるもの・後編

 二本足でそびえ立つ大きな魔物は、こちらの方を向きにらみつけてくる。


 今にも襲い掛かってきそうだ。村瀬さんが大谷さんに逃げるように指示するが、腰が抜けてしまったようで、その場に動けずにいる。


 咄嗟にマリが前方に突出し、魔物に対して打撃による攻撃を仕掛ける。


 ひるみこそすれ、効果は薄い。


 魔物の反撃がマリを襲う。振り払いによる一撃が放たれる。


 正しい動作で攻撃を防いでいるにも拘わらず、マリは真横に吹っ飛ばされてしまった。


 振り払いの隙を狙って、既に切断魔法を詠唱済みの村瀬さんが懐に潜り込み、左下から右上にかけて斬り上げを仕掛ける。


 その攻撃は見事に命中し、魔物の胸に損傷を与える事ができた、が、やはりこれも決定打には至らない。


 村瀬さん曰く、当人の切断魔法は、鉄板程度だったら問題なく切れる威力があるらしい。

 されど、魔物につけられた傷の浅さが、耐久の高さを物語っている。


 動作が鈍くなったおかげで、魔物の反撃が繰り出されるも、村瀬さんは攻撃を回避しつつ後退する。


 魔物はこちらを睨みつけ、次に攻撃するべき相手を選別している。その目線は――。


 一番後方にいる大谷さんを捕らえていた。


 私たちの攻撃がさほど効果が無いと本能で悟ったのか、一直線に突っ込んでくる。


 魔物の突進は、村瀬さんや、私などはまるで眼中に無いかのような、迷いのない暴力であった。


 私は、<<膂力のカルマ>>を発動し、魔物の一撃を受け止める態勢をとった。


 その時、間に割って入る影があった。タローである。


 タローは、私たちの間をすり抜け、突進体制の魔物に対し、飛び上がりながら牙を顔面に押し立てる。


 タローの牙は、魔物の片目をかするようにえぐる。


 そのまま魔物の背中にしがみ付き、魔物の首元に牙を差し込もうとするが、やはり効き目が薄い。


 上体を大きく振り回しながら、一歩ずつ、歩みを止めない魔物。タローは振り払われ、吹き飛ばされる。


 後方から村瀬さんが魔物の足元に切断魔法を仕掛けるも、表面を傷つけるばかりである。


 一度目標を決めたその眼光は、片目でありつつも揺らぐことは無い。


 私は覚悟を決め、魔物にしがみ付き<<膂力のカルマ>>で魔物を投げ倒そうと心みた。


 ――がしかし、組み方が悪かった。魔物の胸についた切り傷からの出血ですべり、私の体は魔物の体を上手く捕らえる事が出来ない。魔物の移動に耐えられず地面に転んでしまった。


 もう後方には恐怖で腰を抜かしている大谷さんしかいない。


 私は大谷さんに対し、逃げるように声をかけるが間に合いそうもない。


 魔物が自身の手を空に掲げ、鋭い爪先が、まさに今、大谷さんに襲い掛かろうとする。


 地面の土を食べている場合ではない。


 私は<<疾走のカルマ>>を発動し、その間に入り込むように体を差し込む。


 私は大谷さんをかばう様に、魔物に対して背中を見せる。


 衝撃を感じた頃には、私の体は自然と膝をついていた。


 痛み。というより、まるで熱湯でもかけられたかのような熱さが私の感覚を狂わせる。


 大丈夫。まだ意識はハッキリしている。私は<<治癒のカルマ>>を発動し、


 傷と痛みが引いていくのを確かめながら、魔物の方を振り向く。


 既に魔物はもう片方の手を振り上げ、次の攻撃を仕掛けようとしていた所であった。


 刹那、私の後方から投げつけるかのように飛んできた物体――倒木だ。それが魔物の正面に勢いよく命中する。


 のけぞる様に魔物は倒れこみ、更に、頭上へ何本もの倒木が降り注ぐ。


《しつこい相手ですね》


 マリの物体操作の能力だ。魔物はその巨躯を大地に密着させている。


「ふう。ナイスよマリ。もう何もさせない」


 村瀬さんは、先ほどの切断魔法よりも更に鋭く、大きい刃を右手にまとっている。


 これは後から知ることだが、攻撃力の高い魔法には準備がかかると言っていた。


 身動きのとれぬ体の首筋に、真っすぐ振り下ろされる一撃は――。


 魔物の体と、頭を分断するには十分な一撃であった。


 私は、大谷さんに「大丈夫ですか」と声を掛けながら手を差し出す。


 大谷さんは、安堵した表情で私の手を握り「た、助かったよ」と、感謝を述べる。


 その時、電気が走ったかのような達成感が自分を襲う。

 新しいカルマを得る瞬間だ。

 行為の結果が、自分に帰ってくる。

 神様に与えられた能力が、自分の中で増幅される感覚。

 自分の力として蓄積されていく感覚。


 大谷さんの“死の恐怖から救われた”という気持ちが、カルマを通して繋がる。彼を『死なせたくない』という私の思いが、力となって昇華していく――。


 私は、新たな感覚を確かめるように身に沁みこませる。

 とりあえず、もう危険は無くなった。

 倒した魔物の死体は大谷さんの伝手つてで、として、自治体で処理される事となった。


 危険性の高い異物は、大谷さんの見ていない所で異世界に魔法で送り返された。

 魔物召喚の発生周期はそれほど高くないらしく。向こう側の仲間たちがうまく処理してくれるだろうとのことだった。

 その後、タローは、普通の犬としてひっそりと大谷さんと暮らしていくことになり、大谷さんは「変なものが落ちているからって、やたらと拾わないことにする」と笑っていたので、精神的な面については大丈夫そうだ。


 引っ越し早々、またもや濃い体験をする中島一行いっこうであった。

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