夕暮れ準備室
大西 詩乃
夕暮れ準備室
昨日、私達は卒業した。
もう私はこの学校に在校生としては来れないのだ。それが、寂しいような、嬉しいような、曖昧な気持ちで、実感が湧かない。
お世話になった部活動も終わりだ。これも、ずっと入り浸っていたからか、実感が湧かない。部活動くらいなら私の先輩とかも来ていたし、かわいい後輩がいるかぎりは来ると思う。でも、知ってる後輩も先生方も居なくなったら、来なくなる。
だから、今日は片付けをしに来た。
ゆっくりと扉を開けると人がいた。同じパートの鈴だ。
「あーっめいめいやっほー!」
めいめい、というのは私のあだ名だ。鈴はパートの棚の前で紙類を束ねてた。
「鈴も片付け?」
「そうそう、もっと後でも良かったんだけどねー、なんか春休みだし、面倒になっちゃう気がして」
「確かに、鈴は部屋の掃除とか苦手そう」
「しつれーな!これでも綺麗好きなんだよ。というか、一回家来たじゃん」
「ああ、そういえば。あれ鈴の家だったか」
「どこだと思ってたんだよ!」
いつもの軽口を叩きながら片付けを進めていく。すっきりしていく棚を見ていると寂しさと同時に心の中が整頓されていく気がした。
「おっ、みてみてー!」
嬉しそうな声で見せてきたのは、でかい袋。でかい割に、入っている物は少なかった。
「何?」
「あれだよ、卒業発表会の後に食べたやつ」
「あ~」
鈴はちょうど残っていた二つを取り出した。
「油揚げとかき揚げ、どっちが良い?」
「食べるの?」
「バレない、バレない」
そう言ってポットの水を沸かし始めた。私も観念して机の準備をした。そういえばちょっと小腹が空いていたのだ。
「私、きつねがいいなー」
「オッケー!」
お湯を注いだカップを渡される。机に置いて5分待つ。
「待ってる間に片付けちゃおう」
「ラストスパートね」
奥まで片付けていると、私達の前の代が残していったオモチャや、よくわからない何かが出てきた。でも、捨てなかった。私達はタイムカプセルを埋めるように奥まで戻した。
後輩達がこれを見つけたら面白がるだろうから。
「これで終わり!」
「だいぶ綺麗になったね」
「食べよ食べよー」
席に着いて、割り箸をパキッと割る。
この頃には夕焼け空が濃くなっていた。
「いただきます!」
「いただきまーす」
蓋を開けると温かい蒸気と出汁の香りが顔を包んだ。
麺を3本すくって息を吹く。口の中に放り込んだ。
「ハフ、あふい」
まだ熱かった。
前を見ると、鈴が全く同じ顔をしていたので、吹き出しそうになってしまった。
「いやぁ、温かいね!」
「うん、おいし、家で食べるより何倍か」
そのまま、2人とも食べ進めて無言が続いた。半分くらい食べた辺りで鈴がしゃべりだした。
「そういえば、めいめいと一緒に学校でご飯食べるの、これで最後だなぁ」
「高校別れちゃうもんね」
「うん、落ち着いたら遊ぼーね」
「おいしーもの食べにいこ」
また、麺をすする。夢中で麺をすすっていたら鈴の方から鼻水をすする音が聞こえてきた。熱い麺類を食べてると確かに鼻水出ちゃうよね。そばに箱ティッシュがあったはず。
そう思って、顔を上げると鈴は、泣いていた。
「ちょ、ちょっと鈴どうしたの?」
「本当に、これで、終わっちゃうんだっ」
「何、今更?」
こぼれる涙をハンカチで拭く。
「ちがうー、私が言いたいのは、悔しいってこと!」
私の中でもくすぶっていた後悔。整理できたと思っていたのに、鈴が泣くから私も泣きそうになってしまう。
あの日も私、鈴につられて泣いたんだっけ。
だけど、過去には戻れない。
「そんなの言い出したら、キリないよ」
「わかってるよっ、んもー!」
鈴に箱ティッシュを渡すと、鼻をかみだした。あの日も見たな。
その姿がゆがんでいく。やっぱり鈴が泣くと私も泣いちゃう。
「めいめいも泣いてんじゃん」
「いーのいーの、今日だけ」
その後、汁まで全部食べきった。
もうその時には、夕焼けは夜に変わろうとしていた。
下駄箱で、鈴と別れる。
「めいめい、私、高校行っても吹奏楽はいるよ!それで、後輩ちゃん達に教えに来る!」
「私も!」
バイバーイ、と別れの挨拶をする。
鈴は歩き出した。その背中は元気な鈴には似合わないくらい大人びていた。少し寂しいけど、それで良い。
きっと私も同じだ。
夕暮れ準備室 大西 詩乃 @Onishi709
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