私、夢の中でエベレスト先生に会ったんです

水原麻以

あなたにとって、今の生活はとても幸せなことだと思いますか?

でね、聞いてくれる?この前、流れ星を見たの。

この町で見る初めての流れ星。

そのときね、これを誰かに伝えたいなぁと思って…。

そこで、ぱっと浮かんだのが、玲、あなたの顔だったのよ。

いつか一緒に見てみたいね            沙世子」


潮田玲は夢見るような表情で窓の外に視線を上げた。

「ほんと、一緒に見られるといいよね」と、一度両手で顔を拭った後、一転して夢から覚めたように、「って一体どういうつもり?こっちから返事のメール出しても梨のつぶてだしさ」と急にひとりで毒づきはじめた。


「ねぇ、きいてるの?

この間、ほうき星をみたの。

この太陽系で初めて見るほうき星。

そのときにね、この気持ちを誰かとで、ぱっと思い浮かんだのが、ソニア、あなたの顔だったのよ。

いつか一緒にみようね。

・・・ねぇーーー・・・・・」

サンダーソニアは夢見る表情で、窓の外を見つめた。

「えぇ……そうですね……」と、一度両手で顔を拭った後、一転夢から覚めたように、「って一体どういうつもりですか?」と急に声を荒げた。

「だって、こういうことって、もう二度とないかもしれないじゃないですか! だから、どうしても、誰かに伝えたくて!」

彼女は夢から覚めたような顔で、私を睨むと、「わかりました。

では、こうしましょう。

私が今から言うことに、必ず答えてください。

いいですね?」と言った。

「まず一つ目です。

私のフルネームを教えます。

いいですね?」

私は黙ってうなずいた。

「二つ目は、その人に告白して振られたら、その時はその時に考えましょう。

どうせ、こんなことを言ったところで何も変わりませんから。

それじゃあ、行きますよ」

彼女の口元が小さく動く。

「私の名前は、花野井玲奈。

そして、あなたの名前は、水無月沙世子。

さぁ、これで満足でしょう?」

彼女がそう言い終わったとき、ふいに部屋の扉が開いた。

「何やってんのあんたら?」

入ってきたのは、眼鏡をかけたショートヘアの少女だった。

少女の名は花野井杏子。

私たちと同じ文芸部の部員である。

「なんでもありません」

「そっか」と言いながら、彼女は鞄を床に置くと、そのままベッドに飛び込んだ。

「ちょっと、ここで寝ないでください」

「大丈夫だよ。

いつものことじゃん」

確かにそうだけれども……。

「それよりさ、なんか面白い話ないの?」

「ありますけど……」

「あるのかよ!?︎」

思わず突っ込んでしまった。

「でも、なんでそんなに食いつくんですか?」

「別にそういうわけじゃないんだけど、ちょっと気になって……」

サンダーソニアが首を傾げる。ストレートヘアからチョコンと尖耳が生える。

「サンダーソニアさん、知らない人がいるときは喋らないんじゃなかったでしたっけ?」

「いいのいいの、こいつは」

サンダーソニアは少し考えた後、「まぁいいでしょう。

それで、どんな内容なんです?」と尋ねた。

「それは……」とそこまで言って言葉が止まる。

「それは?」

「いや、やっぱりダメですよ。

これは誰にも言っちゃいけないことなのです」

サンダーソニアが眉間にシワを寄せてため息をつく。

「あのねぇ、もう十分遅いんですよ? それに私の名前を知ってる時点でアウトです」

私は観念して話すことにした。

「わかったわよ。

話すわよ」

サンダーソニアは腕を組んでこちらを見る。

「実はね、うちの家って結構お金があるのよ」

「知っています」と即座に返される。

「だからね、昔から色々なところに旅行に行ったりしていたのだけど、ある時、お父さんの仕事の都合で海外に行くことになったの。

そこがどこの国かは覚えていないのだけれど、とにかく凄く暑かったことはよく覚えているわ。

……それで、飛行機に乗っている間ずっと暇だったから本を読んでいたの。

確かタイトルは『氷菓』っていうミステリー小説だったと思うわ。

内容は、とある高校の古典部という部活に所属する二人の男子生徒が、謎に挑むというものだったはずよ。

……で、この二人がまた変わっていてね。

主人公の方は、普通の男の子なのに何故か女装しているのよ。

しかも、かなり可愛い感じで。

だから最初は驚いたものよ。

……あとはそうねぇ、その主人公には好きな人が居たみたいなんだけど、その人のことがとても嫌いらしいのよね。

その理由がわからないから、色々と考えちゃって、結局最後は二人とも死んじゃうのよ。

……えっと、ごめんなさい。

話が脱線しすぎてしまったみたいだわ。

つまり、言いたいのは、その本の内容が面白かったということだけなのだけど……。

どうかしら?」

サンダーソニアは大きく深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。

「あなたは一体何を言っているんですか?」…………。

沈黙が流れる。

しばらく経って、ようやく理解することが出来た。

サンダーソニアはわぁわぁ泣き出した。

「話がつまらなくてごめんなさい。

帰国子女なので日本の笑いのツボがわからなくて。

えーん」

と、まるで子供のように泣いていた。

「もういいですから、泣かないでください」

「ほんとうに?本当に許してくれる?絶対?約束できる?」

「はい」と答えると、サンダーソニアは急に真顔になった。

「じゃあ、私もあなたに一つ質問をしてもいいかしら?」

「はい」と答えたものの、一体どんな質問をされるのかと不安になる。

「あなたは今、幸せですか?」

「へっ?」と素っ頓狂な声が出た。

「あなたにとって、今の生活はとても幸せなことだと思いますか?」

「どうしたの?急に?」

「いえ、ただ聞いてみたくなっただけです」

「まぁ、そうね。

少なくとも不幸ではないかな?普通に学校に通えてるわけだし」

「そうですか。

なら良かった」

「何?心配してくれてたの?」

「さぁ?どうでしょうかね?」

彼女は窓の外を見つめながら微笑んだ。

「それより、そろそろ帰った方がいいのではないですか?」

言われて時計を見ると、時刻は19時30分を回っていた。

「あら、もうこんな時間?」

「えぇ、あまり遅くなると親御さんも心配しますよ?」

「そうね。

それじゃあ、お先に失礼するわ」

「えぇ、また明日」

「えぇ、またね」と小さく手を振った後、私は文芸部の扉を閉めた。

廊下に出ると、むあっとした空気に包まれた。

今日は特に暑い。

教室に鞄を取りに戻り、そのまま昇降口へと向かう。

外靴に履き替えた所で、スマホを取り出し、RAINを開く。

サンダーソニアとのトーク画面を開き、「了解」の文字を打つと、送信ボタンを押した。

既読はすぐについたが、返事が来ることはなかった。

校門を出ると、強い日差しが全身に降り注いだ。

手で影を作りながら空を見上げると、雲ひとつない快晴だった。

蝉の声が辺り一面から聞こえてくる。

「もうすぐ夏休みか……」

私は歩き出した。

私の家は学校の近くにあるため、自転車を使う必要はない。

それに、今は歩く方が好きだから。

少し汗ばむくらいの暑さの中、私はゆっくり歩いている。

ふと空を見上げれば、そこには大きな入道雲があった。

あぁ、もう夏なんだなぁと思いながら視線を前に向ける。

道端では、小さな子供が二人、楽しそうに砂遊びをしていた。

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