第28話 抱き枕

 今年も残り少なくなりました。あなたにとってこの一年はどんな年でしたか?

 私は結構充実した一年でした。お店を変わったこともそうですね。より上を目指して大きな変化を求めて、この店にきて、本当に良かったと思っています。

 でも、なにより一番良かったと思うこと。それはあなたと出会えたこと。


 私の日記を読んで下さっている皆さんの中に、あなたがいてくれたなんて。

 もう、これ以上の幸せはありません。

 これからも見守っていてくださいね。


 今日私は同伴出勤をしました。お相手は前にも一度登場してもらった、やっちゃん

 です。元高校球児の安原さんです。やっちゃんの今年一年は私とは逆で苦労の連続だったらしいの。でもいままではそんな顔を一切見せなかったのね。今年の仕事はほぼ終わったので、それまでの苦労を全部忘れようと思って私にLINEをしてくれたんだって。今年最後に私を選んでくれたことに感謝しています。やっちゃんとの同伴出勤は実は初めてなんです。長いお付き合いで、よく指名をしてくれていたのに不思議でしょ。


 私にも今日、はじめてその理由を話してくれました。

 同伴出勤の場合、多くの店で採用しているシステムのひとつに、普通の出勤時間より1時間遅れてもいいってことになっています。でもやっちゃんはもと高校球児だけにサイレンと同時に席につきたいっていうのです。キャバクラでサイレンは鳴りませんけどね。やっちゃんは時間に対する気持ちがちがうのです。理由はともかく人より遅れてもいいっていうことがいやなんだって。スポーツマンらしいでしょ。


 すると、開店と同時に入店することになるわけですよね。すると女の子が全員一列に並んでその前を通って席まで案内される店があります。うちの店では違いますけどね。

 どこかの店でそれをされた時、恥ずかしくて同伴出勤はいやだって思うようになったんだって。それで、うちの店ではそれはありませんよって。納得してもらってゆっくりお食事ができました。それにデパートでプレゼントまで買ってもらいました。


 化粧品です。実は昨日もここへ来たんですけどね。

 選んだのは シャネルの口紅「ルージュ ココ フラッシュ」っていう色です。

 はじめて買う色なので楽しみです。


 やっちゃんは前に来店した時、花束とぬいぐるみを持ってきてくれたんだけど、その花束はやっちゃんと私の名前を書いて店に飾ってあったのね。

 その花は枯れてしまったけど、やっちゃんの名前のカードだけはそのまま残してありました。そのカードには安原って本名で、その横に私の名前があるからまるで私がやっちゃんの奥さんになったみたい。うれしいです。


 ぬいぐるみは今は私の抱き枕になっています。やっちゃんも中学生のとき新しい外野手用のグループを買ってもらった時、嬉しくて毎日抱いて寝たんだって。

 今の私とおんなじ。やっちゃん、良い年を迎えてくださいね。


 次のお客さんも毎回指名をしてくれる人。神崎さん、カンちゃんと思うでしょ。でもなぜかガンちゃんなの。濁るの。その秘密は私だけが知っています。ガンちゃんは東京の出身なんだけど、北海道の日本海側に面したある町に転勤になり、3年間暮らしたことがあるんだって。その町では平均的に言葉に濁りがあるんだって。例えばご苦労様は「ごぐろうさま」みたいに。それでガンちゃんは早くその町のみなさんに溶け込みたくて「ガンザキです。よろしくお願いいたします」って言ってしまったんだって。

 言葉に濁りがあっても自分の名前は濁らないんですね。でも大受けでそれ以来「ガンザキさん」とか「ガンちゃん」って呼ばれるようになったんだって。

 今では家でも奥さんもお子さんも「お父さん」でも「パパ」でもなく「ガンちゃん」って呼ぶんだって。これってすごく幸せな家庭って思いません?

 日本中の家庭が幸せになって欲しいですよね。


 それでは今夜もおやすみなさい。









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