第62話 流れ星は氷の星
理子と玉川信の詐欺計画の全貌は明らかになった。だが理子を信じ愛している最上氏は、この事実をまだ知らない。最上氏に知られてはならない。愛する妻の裏切りを知った老いた善人の姿は見たくない。どうしたら最上氏に知られずに事件を未然に防げるか。
会員が被害者になったと気づくのは、世間が騒いだ時。
玉川は騒がれる前に金が欲しい。騒がれて困るのは冴子も同じ。最上氏に分かってしまう。
玉川と冴子の願いは奇妙なところで一致した。
集めた金が玉川の手に渡れば玉川は逃げる。逃げたら世間が騒ぎ出す。
金を集めるのは翔馬の役目。翔馬が集めた金を玉川に渡さずに何処にか隠せばいい。
それでは翔馬の身が危ない。玉川も納得する金の隠し場所。
たった一つだけ方法が見つかった。金を金にする。
翔馬が集めた金でその都度金の地金を購入する。その金の地金はどこに置く。
理子の貸金庫に預けておく。
玉川が金の地金を売る時は理子からも逃げる時。貯まった金の地金が少ないうちは玉川も、金の地金を現金にすることはあり得ない。わずかな金を持って逃げる訳がない。
誰がこれを理子に納得させるのか。それができるのは翔馬しかいない。
翔馬は理子と儀式を交わした仲。理子は若い翔馬の体を逃がすはずがない。
冴子は翔馬と築地本願寺の本講堂にいた。ここは浄土真宗東本願寺派、開祖は親鸞聖人。
親鸞は言った「悪人ほど救われる」
翔馬も今や立派な悪人の一人。「救ってやらねば」
「雨宮さん、理子さんと知り合いだったのね」
「知ってたんですか」
「私がどんな訳であなたをここに呼んだか分かってるでしょ」
「…………」
「玉川さんとも知り合いでしょ」
「…………」
「私、河口湖に行ってきました。あれは詐欺よ。あなたも悪人になったのね」
「いや、待ってくれ。まだ1回もやってない!」
「理子さんとまだやってないの?」
「待ってよ、金集めのことだよ」
「本当にやってないのね。じゃあ、いつやるの金集め!」
「理子さんから連絡があったら行くことになってる」
「行ったら終わりよ。それでもいいの?、犯罪人よ!」
「………」
「犯罪人にならない方法あるけど聞いてくれる?」
「教えて!なんでもやる!」
「10万円預かるでしょ。その10万円を持ってすぐ銀座に行くの」
「銀座…? 銀座で何か…?」
「銀座の田中貴金属へ行くの」
「………?」
「いい、よく聞いてね。預かったお金は全部、金の地金に代えるの。その金の地金を理子さんの貸金庫に入れるの」
「理子さんとそんな話、してないけど?」
「だから、今日の理子さんとの儀式の時に説明するの」
「………やってみる」
「そうよ、男でしょ」
「ありがとう、救われたよ」
「救ってくれたのは親鸞さま、ほら、あそこ」
阿弥陀如来像に頭を垂れた。
冴子が本講堂を去り、一人になった翔馬に歌子が寄ってきた。
歌子は翔馬を理子に引き合わせた女である。
翔馬が理子と関係を持つことを承知の上で、理子と合わせた。
理子と近ずくことで何かを得られると思った。歌子にとって翔馬は道具のひとつであった。
太いコンクリートの柱の後ろで歌子は見ていた。冴子と翔馬が阿弥陀如来の前で話す姿を。
「冴子さんの話は何だったの?」
「別に大したことじゃないよ」
「こんなとこに呼び出して大したことはない?私にそれは通じないわよ」
「………」
「いい、理子さんから絶対に離れちゃ駄目よ」
「君もここに座って」
翔馬と歌子は再び阿弥陀如来の前で手を合わせた。
翔馬は救われた。はたして歌子は救われたのだろうか。
歌子は言った。
「本当は私あの人のこと知ってるの。赤坂で店を潰して逃げた人!」
同じネオンの世界に生きている者どうし、どこかで同じ店の空気を吸っていた。この世界の恐ろしさとは、必ず、何処かで、誰かに、見られている。狭い世界なのだ。
薄い付き合いを求められるのがこの世界。女どうしの付き合いは、幸せを掴む者を許さない。
幸せを掴むのは流れ星を掴むほどに難しい。
流れ星を掴んだ者は溶けゆく氷の星を抱きつつ、不安と淡い希望を胸に生きていく。
冴子は一度店を潰しながら敦也の愛を勝ち得た。冴子は歌子の敵であった。気が付かないうちにうちに、何もしないのにいつか敵になっている。不条理な世界。それがネオンの明かり。陽の明かりの世界に戻ることを許さない。
冴子と敦也の二人は倉橋邸にいた。最上会長に事実を隠したまま事件を処理できるのは、倉橋氏以外に存在しない。
「冴子さん、よくそんな方法考えられましたね。敬服いたします。最上さんのことは私に任せて下さい」
冴子と敦也の二人は和幸とゴルフ練習場の喫茶室にいた。
「和幸さん、お願いがあります。理子が集めた会員の管理プログラムを作って下さい。
集めた金は金の地金となって保管できる。だが事件終了後、会員に返還するには相当な困難が予想される。
翔馬が集金する毎に、金の地金を購入する毎に処理できるシステムを必要とする。和幸は専門家である。
和幸にとっても蘭を通じて一度は事件に関係した身。むしろ積極的に参加したかった。
「いつできますか?」
「任せて下さい、2~3日で出来ます」
「ありがとう、和幸さんがいてくれて助かった」
「当然のことです」
「それより和幸さん、ずいぶんスマートになったみたい、恰好いい」
和幸にとって冴子の一言は最高のお礼であった。
「和幸さん、もう一つ願いがあるの、聞いてくれる?」
「喜んで引き受けます。なんでもどうぞ」
「蘭さんのこと」
「蘭さんのことですか、蘭さんは玉川と……」
「そう、蘭さんね結婚してから何処に住んでいるか分からないの」
蘭は玉川と結婚してから冴子のマンションの、5階からいなくなっていた。
新婚家庭を何処に築いても勝手であるが、玉川の動きを知るのに蘭の行動は知っておきたい。
和幸は探偵になったような気分を味わっていた。萌音にも自慢できる。
車で来たことを悔やんだ。今日ならマウンテンバイクでも10分で帰れる。
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