第23話 悩みも勝手にそれが青春
少年と少女たちの夏休みはいつかは思い出の中に刻まれる1ぺージとなる。
輝きを失うことなく永遠に残る記憶として。
今、青春の真っ只中にいる彼ら、彼女らは未だ見ぬ自身を描く書き手となる。
美しくも、夢も希望も挫折も味わいながら。
ショッピングモールの屋上は、夏休みの夜だけ遅い帰宅を許された子どもたちの遊び場になっていた。隼人と杏里がいた。お揃いのTシャツを着て。
杏里は表現できないほどの幸せを感じていた。隼人のプレゼントのTシャツには愛する気持ちが込められている。№8810 ハヤト これを着ている自分の体は隼人に抱きしめられている。しばらくsexはしていないが我慢はできた。子どもたちの前でキスをした。刺激を感じたくて。「君たちとは違うのよ、私たち二人は大人なのよ」
と見せつけるように。
西の方向の富士山は今は闇に消されて見えないが、隼人の愛は山より大きく感じた。
東を見れば街の明かりの中に、ひときわ明るく照らし出されたテニスコートが見える。
俊介と父は今日もテニスの練習をする。
「もっと早く走って」
「もう無理だ、少し休もう」
俊介の父に対する態度は厳しい。
「今日はスピンボールとスライスを覚えるまで休憩なし」
こんな厳しい練習は部活でもしたことがない。
ようやく練習は終了した。この後は俊介と父の二人でファミレスに行く。
母は今日は高校の同窓会で遅い。
父と二人でファミレスに来るのは初めてかも知れない。俊介にとって必ずしも嬉しいとはいえぬ食事であるが、父には男どうしの飯を食う楽しみがあった。
この場に酒があれば一層男どうしの気分になるのだろうが、それは少し先のことである。
俊介と父は国道に面したファミレスの大きなガラス窓の席にいた。
「俊介、おまえ彼女いるのか?」父は少し照れたように聞いた。
女どうしなら母と娘でよくある会話であるが、男どうしではあまりない。
父親が照れてしまう。今日の父は勇気があった。
「別に……」俊介の答えも同様である。
俊介には冴子に対する思いがまだある。これを父に知られたくない。
俊介はこの会話をいつまでも続けていたくない。
父から視線を逸らすように見た先に杏里の姿が見えた。通路を挟み離れているがはっきり見えた。杏里は気付いていない。笑いながら話をしている相手は隼人である。楽しそうな二人に嫉妬を覚える。
冴子と杏里の二人ともとられてしまった。自分の前に今いるのは話も弾まない父である。父といるのは一人でいるより寂しく感じる。
「どうした俊介、食べないのか?」父の声も俊介の耳には微かにしか聞こえない。
「俊介、お前のそのTシャツの№はうちの家の№だな、よく見つけたな」
父に言われて初めて左袖の№を見た。確かに7階15号 0715
今まで気が付かなかった。
あの人はボクのことを考えてこの№を探してくれたのだろうか。
俊介に対する冴子の愛が少し戻ってきたように感じた。
同じデザインの杏里のTシャツを見た。
その左袖の№は離れていてもはっきり見えた。
8810 ハヤト 隼人も同じTシャツを着ている。ペアールックで。
あの人とは関係が無かったのか?頭の中を整理して組み立て直してみる。
隼人は杏里に贈るために自分の名前の№を探し、ペアールックとして2着買った。
こう考えるのが自然である。
あの人と隼人は偶然同じ店で買ったのだろう。
どうして今までこんなに悩んでいたのだろうか。自分一人で勝手に。
苦さと甘さと苦悩が俊介の青春の1ページに刻まれた。
俄然、食欲が湧いてきた。父がコーヒーのお代わりを飲む間にハンバーグとポークソテーとエビフライを平らげた。
母はすでに帰っていた。自分の部屋で母のおみやげのケーキを食べた。
受験勉強の頃の夜食を思い出す。
机の引き出しの中から振動止めを取り出した。Sと&
俊介のラケットにS&Sがよみがえった。久しぶりに窓を全開にした。
冴子の部屋は暗い。今日はいつもより時間が遅い。冴子と敦也の営みはすでに終わっている。
部屋の中は見えないが冴子の気配は感じた。あの頃の光通信の感覚が戻ってきた。
「ぼくは勘違いしていたよ」
冴子は俊介の部屋の明かりが点くのを感じた。
「どこをふらふらとしてたの。君はやっぱり次の次ね、
でも大丈夫、忘れてはいないよ」
今日は光通信の再開であった。
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