第3話 B3-405
冴子と夫の敦也は日曜日の朝をベッドの上で迎えた。冬の遅い陽の光もすでに高く昇り、向かいのマンションの背を超えて冴子の部屋の東向きの窓にも、直接届く時間になっていた。サイドボードの上に置かれたギリシャ神殿の形を模した置き時計の針は午前11時を示していた。敦也はまだ眠っている。昨夜は敦也がゴルフの後のパーティーと二次会のせいで帰宅が遅く、珍しく夫婦の営みもなく今朝を迎えた。
冴子は窓のブラインドのルーバーの一部を指で上下に少し開き、向かいのマンションの窓を見た。陽光が眩しく窓のガラスはただ黒く見えるだけであったが人の気配は感じた。少年がいるに違いない。昨夜は少年に敦也との二人のショーを見せることができなかったので冴子はワンマンショーを企画した。
遅くまで冴子の姿を少年に見せるように照明を明るくし、ブラインドの前に立ったりベッドの上に横たわったり、様々なポーズで少年一人のための半裸ショーを展開した。少年の窓の明かりはいつまでも灯らなかった。
「昨夜は最後まで私のショーを見てくれてありがとう」と呟いた。
冴子は今朝の少年の反応を見たくなり、少年の窓に向かって手を振ってみた。
冴子が自分に手を振ってくれた。自分ひとりだけのために。冴子のサインに俊介は体中の血がぜんぶ頭に集中したかのように感じた。
その日以来、冴子と俊介の立場はお互いに気分を高揚させる存在となっていた。
俊介は夜だけでなく、常に冴子の部屋の窓が気になって、勉強する事はほぼ無くなっていた。当然成績は下降する。有名私立中学は絶望的になっていた。
12月初旬入試願書の提出期限が過ぎ、俊介は公立中学に進学することになった。
両親は落胆したが俊介は嬉しくて仕方がなかった。もとより両親の期待に応えるだけの学力はないのは分かっている。偏差値50でなにが有名私立中学だ。子どもの実態を知らない親の責任である。
もう勉強などしなくてもいい。俊介は冴子のナイトショーがますます楽しみになっていた。
夫、敦也と朝食とも昼食とも言えない食事をしながら昨日のゴルフの話題も尽き、冴子は敦也におねだりをした。「マンションの管理会社から連絡があって駐車場に空きができたって」
冴子は自分専用の車が欲しくて駐車場の申し込みをしていたのだが。、2台目の申し込みは希望者が多く今まで待たされていた。
「じゃあ、契約しようか、場所はどこ?」
「B3ー405よ」
「地下3階だね、おれと同じ地下1階だと良かったのにね」敦也の車はB1-204にある。同じ階にある方が何かと便利であるが仕方がない。
「それで、車は何にする?」
「メルセデスがいいわ」
「おれと同じのにすればいいのに」敦也はBMWに乗っている。
「同じデイラーのほうが何かと便利だと思うよ」
敦也のいうことは理解できるが冴子がメルセデスにしたいと言ったのはメルセデ
スのディラーに雨宮翔馬という冴子の高校の先輩がいたからである。
冴子は静岡市の出身である。静岡市と合併前は清水市といった。
冴子の父と翔馬の父は同じ会社に勤めていた。地元では有名な倉庫、運輸関係の企業である。
非上場なので知る人は少ないと思うが多分、サッカーの清水エスパルスの運営会社と聞けば分かるだろう。他にもフジドリームラインという航空会社なども傘下に収める大企業である。
サッカーのことはあまり詳しくはないが、自然とエスパルスを応援するようになっていた。
父が東京スタジアムで行われたエスパルスのチケットを送ってくれたことがあった。冴子の席の周りはほぼ全員が父の会社の関係者であった。その中に翔馬がいた。
冴子が地元の高校に入学した時、翔馬は3年生であった。接点は何も無かったが父どうしが同僚ということでお互いに顔は知っていた。東京スタジアムで会った時、翔馬はすっきりとした好感を持たれるタイプの立派なビジネスマンになっていた。
冴子の変貌ぶりは翔馬を上回っていた。おとなの女に成長していた。
銀座で磨かれた冴子の姿は周囲の視線を集めた。
その後冴子は赤坂時代を経て敦也と結婚した。冴子と翔馬はそれだけの間柄であったが車を買うなら翔馬に頼もうと思っていた。
冴子のマンションのB3-405に白いメルセデスベンツが収まった。
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