脱出ゲーム~選択肢はいつも突然現われる!?~

渋川宙

第1話 火に油を注ぐ

 自分のことは、自分しか解らない。


 それは誰もが陥る、究極の間違いなのかもしれない。


 実際、自分の趣味嗜好を完璧に把握することなど、不可能なのだ。しかし、それに気づくのはごく少数の人間だけで、自分は自分を知っていると、多くの人は過信したまま生きているものだ。


 これは、それが実際に起こることを研究し、ある実験した結果に基づく文章である。

 私はこの研究を、人工知能を用いて行った。しかし、被験者には人工知能が関与していることは伝えていない。あくまで自分の意思で行ったはずだと、そう思い込んだまま取り組んでもらった。


 さて、そんな彼はどうなったのだろう。それはこの先のお楽しみである。


 あなたは、本当に自分自身のことの総てを知っていますか。




 最近のゲームはどれも似たり寄ったり。マンネリで面白くないなと、牧野慧まきのけいは生意気にそう思う。

だったらやらなければいいだけなのに、何十時間もやっておいて思うのだから、余計に始末に悪い。

しかもそれが、大事な用事を忘れるほどだとなれば、どの口が批判しているとなる。

「はあ。解っていますよ。俺が悪うございました」

「全然反省してない」

 約束をすっぽかし、翌朝になってようやくその事実を思い出した慧は、大学に着くなり謝った。が、約束の相手である津田悠月つだゆづきは、そう簡単に許してはくれなかった。鬼のような形相で睨み付け、言い訳があるならば言ってみろと、そう挑発してきた。

 それで慧は、反省の弁だけ述べておけばいいのに、ゲーム批判を開始してしまったのだ。

 あそこで止めたかったんだけどという話が、この展開は良くないだの、あれが駄目だのと。まるで自分が作れば完璧なゲームができるというような口振りで、三十分ほど熱弁を振るってしまった。

 それにより、反省していないとの一言を頂戴することになる。

「何なの? 私よりゲームが大事だって認めたらどうなの? ゲームがつまらないって言いながら、徹ゲーやっていたのよね。それってゲームが大好きってことでしょ? 来年の研究室選びのために動物園に行くことよりも、重要なんでしょ。どうなんだ、牧野慧!」

 悠月は机をペンでコツコツと叩きながら訊いてくる。まるで小学校の先生だなと思ったが、もちろん口には出さない。小言の時間が長くなる。

 そんな悠月は長い黒髪が特徴の、美人の部類に入る女子だ。しかも学力優秀。才色兼備をそのまま行く人物である。

 片や牧野慧は、どこをどう見てもオタクな感じむんむん。やせ細った身体に、だぼだぼの服装。冴えない顔。そしてぼさぼさの頭。理系であることも手伝って、駄目な感じが全体から流れる、どうしようもない奴だった。

「滅相もございません。あなたがいなければ、俺は単位を落とし、延々と一年生をやっているところでございます。ゲームなんかの百万倍大事です」

 慧はへこへこと謝り、机に額を擦り付ける。みっともないが、見捨てられると本当に大学を卒業できなくなる危機だ。周囲の何あれという視線も無視し、真剣に謝る。

 そんな二人は幼馴染みだというのだから、世の中捨てたものではないのか、何なのか。慧はこの才色兼備の悠月と、小さい頃からずっと一緒に育っている。しかし出来上がりは以上のように、正反対である。

「まったく。私がわざわざ休日に会ってあげようと、予定を空けておいたのよ。そもそも、平日よりも休日がいいって言ったのはあんたでしょ。解ってんの?」

「は、はい。それはもう重々と」

 これは一時間ほどは愚痴を言われるなと、慧は覚悟を決める。残念ながら、この時間は二人揃って講義がない。つまり、悠月からするとマックス九十分は文句言いたい放題だ。どこぞの食べ放題みたいになっている。

 もちろん、総ては慧が悪い。今後の進路を考えるために、動物園に行こうという約束をすっぽかしたのだ。二人は生物学科の学生で、そろそろ四年生になった時のことを考えなければならない時期にある。そんな、先々のことを考えましょうという約束を、慧は見事に忘れてゲームに没頭してしまった。

 何も考えていないと言われても反論できない。

 自分が何を研究したいか、それを考えようという時期に至っても何も決まっていない。

 そんなことは解っているのだが、動物園にわざわざ行くのが面倒だった。もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。だから黙って愚痴を拝聴するしかないのだ。

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