ゆるふわ電脳クロニクル
海猫ほたる
第一部
序篇
第1話 そうだ、レイド行こう
——レイドダンジョン・シュトレンの塔——
「遂に……来ましたね……最上階に」
「ええ……お姉様……」
——最上階・
とある冒険者
ネーブルとフェルテの二人は互いに手を取り合って喜んでいる。
「あなたのお陰でここまで来れたわ。レン君、
フェルテはとびきりの笑顔でレンに礼を言う。
「まだ、喜ぶのは……早いです。この最上階は
レンと呼ばれた男は、盾を構えて辺りを警戒しながらそう言った。
「そ、そうね……頑張りましょう」
フェルテがそう言った直後、フロアの真ん中の床が黒く輝き、魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣の中から、巨人が現れた。
巨人は、彼らの倍以上ある背丈に、4本の腕が生えている。
頭には猛牛の様な角があり、背中からは大きな羽が四枚生えていた。
「あれがボス……マイルフィックです」
蓮は
「——先手、必勝だぜ!」
「……待って、無茶だ!」
思わず叫ぶ蓮。
しかし、ドーフィンは構わず敵に飛び掛かる。
「オラァッ!スキル……
ドーフィンは高速で飛び掛かりながら、高速の
しかし、
「どこに行っ……」
一瞬、戸惑うドーフィン。
「後ろだ!」
叫ぶレン。
マイルフィックはドーフィンの真後ろに出現し、四本の腕をドーフィンに叩きつける。
「ぐあっ!」
ドーフィンは吹き飛ばされ、壁に激突した。
「ドーフィン!」
慌てて、
「
フェルテはドーフィンのダメージを魔法で回復している。
「……大丈夫ですか」
フェルテは心配そうにドーフィンの胸に手を当てて言った。
「す、すまない……
ドーフィンはフラフラと立ち上がる。
「……皆さん、聞いてください。マイルフィックは強敵です。力を合わせないと、勝てません」
蓮はマイルフィックから目を離さずに言う。
「レン君、どうすれば良い」
ようやく
「マイルフィックの弱点は火属性です。まず、僕の合図でネーブルさんが
「わ、わかったわ……」
「マイルフィックが怯んだ隙に、僕が斬りかかり、部位破壊であの
「了解した!」
「マイルフィックは弱ると
「……や、やってみます」
「では……今です!」
レンの合図でネーブルが魔法を発動させる。
「燃え尽きろ!
ネーブルの差し出した杖から、ゴォォ……と、激しい音と共に炎の渦が飛び出し、螺旋を描いてマイルフィックに向かって伸びて行く。
そしてマイルフィックの身体は激しい炎に包まれる。
「今です!」
レンは盾を捨て、二本の剣をそれぞれ両手に持つと、素早く走り出し、素早くマイルフィックの後ろに周り込む。
剣を振り上げマイルフィック目掛けて振り下ろす。
——ザンッッッッ……と言う音と共に、マイルフィックの
「よっしゃぁぁぁ!」
すかさず、ドーフィンが飛び掛かる。
「
今度はドーフィンの拳が見事にマイルフィックの胴体にめり込んだ。
グォォォォォ!
マイルフィックは低い唸り声を上げ、四本の腕を胸の前に持って来る。腕から赤黒い光の球が発生する。
「
叫ぶレン。
「分かってるわよ!
マイルフィックの腕から発生した光の球が弾け飛ぶ。あたりに激しい衝撃が走る。
しかし、間一髪。
フェルテの魔法障壁は彼らを包み込み、
剣を構えて、マイルフィックに飛び掛かるレン。
「これで終わりです!
レンの剣は、マイルフィックの身体を貫いた。
オオオォォォォォ……マイルフィックの身体は灰の様に崩れ落ち、消えて行った。
「……か、勝った」
ドーフィンは力無く呟いて地面に膝をついた。
「お姉様……」
「今度こそ……やったのね……」
ネーブルとフェルテは、半泣きになって喜んでいた。
「……ふぅ……終わっ……た」
レンは深く息を吐いた。
——シュトレンの塔・最上階。戦闘終了後——
「はい、レン君の分」
レンはフェルテから、報酬を受け取っていた。
「ありがとう。おかげで助かったよ。噂通りの実力だったな」
ドーフィンはレンの肩を叩く。
「いえそんな……皆さんの実力です。それでは、これで僕は失礼します」
レンはそう言って、
「レン君、また一緒にダンジョン行きましょう」
ネーブルは手を振っている。
「はい、またぜひお願いします」
レンはそう言ってペコリと頭を下げる。
そうしてレンは
——都立千疋学園高校三年B組——
蓮根蓮は第三ネオトキオシティにある、都立千疋学園高校三年B組に通う高校生である。
今はちょうど、一日の授業が終わった所であった。
「
蓮根連が授業を終えて帰ろうと鞄を手に教室を出たその時、廊下で突然、女子に話しかけられた。
話しかけて来たのは、同じクラスの
福羽古都華は容姿端麗、成績優秀、おまけに生徒会役員……という、文句なしの才女であり、クラスの中で常にヒエラルキー上位グループに属している。
対して蓮根蓮は、常にクラスのヒエラルキー下位グループの中で安穏と過ごしていた。
つまり、同じクラスにいながらも、二人は普段は接点がなく、授業以外ではまともに会話をした事もなかった。
「……い、良いけど……どうしたの?」
蓮は動揺を隠しきれないまま、古都華に答えた。
普段まともに会話などした事がない相手。しかもクラスの中では常に上位グループの女子がいきなり話しかけてきたのだ。
何かある、それもあまり楽しくない事が……と、蓮は無意識に警戒してしまう。
古都華はそんな様子の蓮にはお構いなしに近づいて来た。
「蓮くん、確か、『ザラートワールドオンライン』やってるよね?」
古都華は顔を近づけて、蓮の耳元で囁く様に言った。
古都華の長いストレートの髪からほのかに甘い匂いが漂ってきた様な気がして、思わず蓮はその匂いに酔いしれそうになる。
慌てて蓮は、その誘惑に負けてはいけないと必死に意識を保とうとしていた。
そのせいで、古都華が言った言葉を完全に聞き逃していた。
「……え、何て言ったの?」
慌てて聞き返す蓮。
「だからっ、ザラートだよ、蓮くんやってるでしょ?」
古都華は再び蓮の耳元で小声で、そして少しイラついた声音で言う。
「ああ……うん。やってるよ……」
蓮はようやく少し冷静になってきて、古都華の言っている意味が理解できた。
『ザラートワールドオンライン』とは、巷で流行りの完全フルダイブ型VR-MMOのRPGゲームである。
街中に専用の施設があり、そこに入って利用料を払うと、完全個室に案内される。
個室には人が一人入れる大きさのカプセルが設置されていて、そのカプセルに入ると、意識が現実から解き放たれて、完全にバーチャルな電脳世界に入り込んで遊ぶ事ができる。
ゲームには、いつくか種類があるのだが、蓮たちが今遊んでいる『ザラートワールドオンライン』は、剣と魔法のファンタジー世界を冒険するゲームだ。
仲間と一緒に
しかし、ゲームとしての難易度は決して簡単ではない。
VRの世界では身体能力が飛躍的に向上し、現実には使えないスキルや魔法をも使う事ができるようになるのだが、その分敵もそれなりに強く、敵の強さに応じてプレイヤー側にも相応の反射神経が要求されるのだ。
その為、遊び盛りの男子はともかく、女子で遊んでいる人はあまり多くないのだ。
運営側も女性プレイヤー誘致の為に色々と策を打ち出して来てはいたが、最近では難易度が緩く、擬人化された動物達とほのぼのライフを楽しむフルダイブ型ファンタジーゲーム『もふもふオンライン』が女子の人気は高かった。
それ故に、蓮は古都華が『ザラートワールドオンライン』を遊んでいる……という事にまず驚いたのだ。
そもそも、古都華は勉強もスポーツもできる優等生だ。
自分達と同じ様にVRゲームの世界に入り浸っている時間などないだろう……と蓮は思っていたのでその点でも驚いていた。
とはいえ、古都華があえて蓮に顔を近づけて耳元で言う、と言う事は、古都華がゲームをプレイしていると言う事をあまり大っぴらにはしたくない……という事だろう。
勉強の合間に隠れてプレイしているのだろうか。
蓮はふと、古都華の顔を見返してみた。
端正な顔立ちの、わかりやすい美少女である。
蓮は己の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
古都華は、安心した、とでも言うような笑顔を見せ、続けて話し始める。
「実は……今、私達の
古都華が手を合わせて頭を下げる。
「……ていうか福羽さん、ザラートやってるんだ?」
「そこ?」
「あ、いや、ごめん……何か、そういう印象無くて」
「あー、まあ、そうね。私、勉強ばっかしてるって思われてるか……」
「あ、いや……うん。ごめん、そう思ってた」
「そうね……実際オープンにはしてないし……でも、実は結構やり込んでるんだー」
「そうなんだ……でも、助っ人なら、福羽さんの友達でザラートやってる人はいるんじゃない?……」
蓮は素直な質問を口にした。
なぜヒエラルキー上位の福羽古都華が、ヒエラルキー下位の蓮根蓮を誘う必要があるのか?……と言うのが正直な疑問だった。
それに、誘うとしたら女友達の方が誘い易いのではないだろうか……女子人気が低いゲームとはいえ、クラスでも他にザラートをプレイしている女子は何人かいたはずだ。
「そうね、私達の
古都華はそう言ってため息を吐いた。
「レ、レイドダンジョン……なの?」
レイドダンジョンは、通常の冒険を一通り終えて、レベルが
古都華がそこまでやりこんでいたとは、正直意外だった。
「そう。それで困っていたら、
古都華の
めちゃくちゃ有名と言うわけではないが、蓮の名前を知っている人がいてもおかしくはなかった。
「有名かどうかは自分ではよくわかならいけど……指名してくれる人がいるのはちょっと嬉しい……でも……」
蓮は古都華から少し目を逸らし、先程から気になっていた事を聞いた。
「古都華さんは固定メンバーで
固定メンバーで
なので、メンバーが都合がつかない日は他のメンバーも合わせて休みにする場合が殆どだ。
今回のように、無理やり代わりの助っ人メンバーを見つけてきても、助っ人メンバーと固定メンバー間の連携が上手く行かずにグダグダな流れになり、結局いつものメンバーでないとダメだな……となるのである。
「確かに、そうね……いつもは、あの人が休む時には
気のせいか古都華の声のトーンが小さく、暗くなった気がする。
どうやら、あまり言いたくは無かった事の様だ……
固定
冒険が順調に行っている間は仲が良くても、冒険が上手くいかなくなったらギクシャクしてくるものだ。
そうやって解散した
蓮自身も、一緒に冒険する相棒や仲間達は居るものの、固定
「ごめん、気に障ったなら謝るよ……立ち入った事を聞きたかった訳じゃないんだ」
「ううん……良いの。
この際だから伝えておくね。
今回休んだメンバーは私の彼氏……生徒会長の
あちゃー……彼氏だったか。
て言うか、生徒会長が彼氏だったのか。
考えてみれば、古都華も生徒会役員である。
どちらも成績優秀で、美男美女。付き合っていても不思議はない。
誰から見ても非の打ち所がない、お似合いのカップルだ。
しかし、彼氏が休みの日に代わりに助っ人で入る……というのは凄い気まずいではないか。
しかも、この様子だと、休むのはなにやら訳ありな予感がする。
蓮はハズレくじを引かされている気がする。
とはいえ、蓮は、目の前の少女の悲しそうな顔を見て、放って置ける性格でもなかった。
「僕は一応、タンクもできるけど、メインジョブはアタッカーだし、普段はソロで野良
「ありがとう!本当に、とても助かるわ」
古都華は目を輝かせて手を合わせ、満面の笑みで蓮の方を見つめる
蓮は思わず頬が赤くなるのを誤魔化す様に、手を顔の前でぱたぱたと振りながら言う。
「……まあ、どのみち俺はいつも野良
蓮は無理やり上手いこと言って纏めようとしてみた。
目の前のクラスメイトが美少女でなければ、お前らの痴話喧嘩なんかに付き合ってられるかばーか……とでも言いたい気分ではあったが、そこはグッと我慢した。
「ありがとう……あ、『福羽さん』じゃなく『古都華』で良いよ、クラスメイトだし」
古都華はそう言ってから、蓮の手を取り、握った。
蓮は、古都華の手の温もりを感じ、心臓の鼓動が破裂しそうになった。
彼女が彼氏持ちだと知っていなければ、完全に惚れていた所だ。
「じゃあ今日の六時に、オレンジサーバーの冒険者ギルドで待ってるから。絶対来てね……あ、いけない!今日掃除当番だった……じゃあまた後でね!」
そう言うと古都華は、足早に教室に戻って行った。
古都華が去った後、しばらく蓮は廊下で一人立ちすくんでいた。
そしてふと、我に帰り、面倒な事に巻き込まれたような予感がした。
「……やっぱり、適当に理由を付けて、今日は早めに
蓮は、そう呟きながら廊下を歩くのだった。
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