37 心の躍進
二人がエントランスに入ると、すぐフィリアの姿が目に入った。
彼女の後ろには黒い魔術師向けローブを着た男女が待機している。ウィズたちが現れたのことに彼女はすぐに気付いたようだった。
「待ってたわ」
フィリアは魔術師たちに手で合図し、その場で待機を指示する。そしてウィズとソニアを方へ歩き出した。
「よく眠れたかしら」
二人を前に着いたフィリアは少し口元を緩める。
ソニアは目の前に来たフィリアはビクリと身を震わせた。ウィズはそれを横目でちらりとうかがう。
しかしソニアは
「あの……フィリア様……」
ソニアが気まずそうな、しかしはっきりとした口調で切り出すが、それは止められた。
それを制止したのはフィリアであった。彼女はソニアの開いたばかりの口に人差し指をたてると、小さく笑ってみせる。
「しっかりと休めたようで何よりだわ」
「フィリア様……。はい、おかげさまで」
ソニアはフィリアの笑みに安心したのか、同じく口元を緩めて人懐っこく応じた。
二人の関係性に悪化はみられない。あの後、ウィズがフィリアに一応口添えはしておいたが、そもそも必要なかったかもしれない、と二人の様子を見てウィズは思った。
ソニアの緊張も解け、程よい空気のまま三人は魔術師たちのところへと合流する。
三人が魔術師たちと並ぶと、フィリアが前に立った。そしてそこに携えた人たちを一目見渡す、全員に呼び掛ける。
「今から『東棟』に向かうわ」
「……『東棟』?」
ウィズは彼女の言葉を口の中で反復した。
確か『東棟』というのは、昨日の『アーク家』の屋敷説明でも秘密として扱われていた部分だ。昨日の今日で、まさか自分たちがそこへ行くことになるとは。
(……となると、『東棟』というのは……)
ウィズは薄っすらと『東棟』について何となく分かってきた。
恐らく、『東棟』は『アーク家』の中枢となる研究室などがあるのだろう。外野には悟られるわけにはいかないようなもの――例えば、『
(『剣聖御三家』とはいえ、『アーク家』は魔法にも精通してるのか……)
ウィズは『ブレイブ家』とはまた違う『アーク家』の姿勢を前に、奇妙な気分になった。
『ブレイブ家』は魔法のことなど眼中になかったし、『魔法』に対し敵意を持っていたわけではないが、『そういうもの』として距離を置いているようだった。少なくとも、有象無象な魔術師など、屋敷に入れたことは『アレフ・ブレイブ』の記憶上、一度もない。
対して『アーク家』は魔術師たちを屋敷の中に平気で入れたりと、『魔法』と向き合っていく姿勢をうかがえる。剣に一筋か、魔法とも手を取り合っていく道を選ぶか。――どちらが正しいのかは分からないが、『剣聖御三家』は各々で取り組み方が違うのは少し興味深い。
ちなみに、この世界には『魔法剣士』と呼ばれる者たちも一定数いるが、その大半は『魔法も剣も中途半端』な器用貧乏をそれっぽく名付けただけのこと。結局、その二つを両立できるのは才能あるものだけなのだろう。
フィリアは自らの言葉に一同が向き合った途端、眼を鋭利に尖らせ告げた。
「『東棟』に行くにあたって"命令"がある。――これは"注意"ではなく"命令"だ」
「……ッ」
フィリアの殺気に、その場にいたほとんどの者がふらついた。まるで見えない斬撃で心臓を一閃したような冷たさを、その殺気は含んでいた。殺気に揺らいだ中にはエントランスで待機していた使用人も含まれている。それほどフィリアは"本気"であるということ。
ウィズはその殺気を真っ向から浴びながらも、意識は少し別のところへ向いていた。その"殺気"に含まれていた、とある感覚――ウィズは悩まし気に親指を顎につける。
フィリアはそのまま続けた。
「『東棟』では一切の自由行動を禁じる。私が命じた事以外を行うのは許さない。命令を破った瞬間、首を斬られると思いなさい。当然、物に触れるのも禁止よ」
ごくり。誰かが息を呑む気配がする。フィリアがこの空間を一縷の殺気のみで支配した原拠であった。
「私が言ったことを踏まえて、ちゃんとついてきなさい。私が先頭だからといって、何か不審な行動をしようものなら……いいえ、そんな度胸があるのなら、実際に試してみると良いだろうな」
フィリアは不敵に笑う。彼女の命令を軽視し、高を括っている者は誰もいなかった。それほどまでに、フィリアの殺気がその場の空気を凍てつかせていたのだ。
フィリアはウィズとソニアへ視線を移す。
「ウィズが私の後ろを歩きなさい。ウィズの後ろには魔術師一同。そして
「え……ボクが、ですか……?」
思ってもなかったのか、驚いた様子で自分を指差すソニア。その瞳は不安が入り混じっていた。
最後尾ということは、魔術師たちの背中を見張るということ。何のために集められたのか、未だ説明は受けていないが、魔術師たちは外部の人間だ。中にフィリアを狙う人物が紛れている可能性もある。
フィリアの気配感知で魔術師たちの不審な動きを察知できるとはいえ、"もしも"はいつにだって付きまとう。その時のために護衛の誰かを最後尾におき、目視で監視する必要があったのだ。
ソニアは小さな声でぼやくように言う。
「ボクよりもウィズの方が……」
ちらりとソニアの視線がウィズへ向いた。そう、監視するという役割上、何かあった場合は早急に対応しなければならない。それにはある程度の力量が必要だ。
例えばウィズならば、『
そんな不安を背負うソニアに、フィリアはその肩を叩いて告げた。
「期待しているわ」
「……!」
かけた言葉はそれだけ。その後は踵を返し、「行くわよ」とその場にいる者たちへ淡々と言い放つ。
しかし、それだけでもソニアの中の不安を打ち消した。ソニアの心もとない態度を前にしても、『アーク家』の『フィリア・アーク』は迷いもなく『期待している』ときっぱりと告げたのだ。
これがソニアにとって、どれほど大きな気の支えになったのか、想像に難くないだろう。
「……」
ウィズはフィリアの後に続きながら、ちらりと後ろのソニアを見た。
ネグーンではヒューレットに『才能もなければ身の程も知らない虚しい奴め』と罵倒されていたのに、今ではフィリアに『期待』を押しつけられる立場にある。
それはどれほどの躍進だろうか。なんというか、そんなソニアを思うと、ウィズまで嬉しくなってきてしまった。
そんなウィズの脳内に、自分の声が
(……なんつーか、
――ウィズは正面を向き直り、フィリアの背を追った。
(なぁ、『
自問自答の延長線上の言霊が、ウィズの頭の中に過ったのだった。
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