34 そういうところ

「ふぃ、フィリア様……!?」


 クローゼットから飛び出してきたフィリアに、ソニアは困惑して唖然とする。


「ど、どうしてフィリア様がウィズの部屋に……!?」


 何を考えているのか、アルトは冴えた瞳でフィリアをちらりと見るも、特に何も言わずに経過をうかがった。


「あ……いや、これは……!」


 思わず飛び出てしまったフィリアは何とか誤魔化そうとするが、すでに状況は誤魔化すとかいう段階にない。


 そもそもフィリアが隠れていたということをソニアにバレた時点で、事態はほとんど詰んでいる。


(……アルトめ)


 ウィズはアルトに内心舌打ちした。


 せめてソニアが退室したあとで来てくれればこんなことにはならなかったはずだ。


「わ、私は護衛の部屋に来ただけよ……! 問題はないわ!」


「じゃあなんでクローゼットの中にいたんですか!? 隠れてましたよね!?」


 フィリアは辛うじて『家訓』重視の態度で対応する。しかし今の状況で、それはあまり効力を発揮していないようだった。


 いつもなら言い返さないであろうソニアだが、今は違う。状況と雰囲気の影響で顔を真っ赤にしながらフィリアへ言い立てた。


「まあいいです! 百歩譲って隠れてた件はいいとします! けど、なんでフィリア様がウィズの部屋にくるんですか!?」


「そ、それは明日の段取りの相談にきたのよ! 『怒りの森』で手に入れた魔剣『フレスベルグ』は一筋縄じゃいかないだろうから!」


「へー! 明日の段取りの相談に来るのに、そんな露出が多くて透けてそうな寝巻きを着ますかねぇ!? 煽情的せんじょうてきすぎませんか!?」


「な、何を着ようと私の勝手よ! 口出ししないてくれるかしら!」


 フィリアとソニアの言い合いは次第にヒートアップしていく。ウィズはどこかで止めようと思うが、隙がない。


 呆気にとられながらもその隙を伺っていると、ふと隣で服をかする音がした。ウィズはそちらを見る。


「……ウィズ。なんか、ごめんね……」


 そこには窓際の壁に寄りかかり、横目でちらりと言い争う女子二人を見るアルトがいた。


 アルトはソニアと普段と違うであろう態度で言葉の撃ち合いを繰り広げるフィリアを見ている。その目には、とてもじゃないが『恐る恐る』という恐怖に似た感情が含まれていた。


(そうだよこうなったのはほとんどお前のせいだよクソ……!)


 表面的には苦笑いを浮かべながらも、内心はアルトへの敵意を吐き出しているウィズ。


 さらには、次の放ったアルトの言葉がさらにウィズをイラっとさせた。


「こうなってしまって何だが……俺、帰りたい……」


(できることならオレも帰りてぇよ……!)


 ちょっと疲れた様子で静かにぼやくアルトに、ウィズは汗を流しながら噛み締める。


 はっきりとしているのは、アルトが余計なことを言わなければこんなことにはならなかったということ。


(アルトめ……!)


 ウィズはこの時のつらさを覚えておくことにした。そしてそれは、いつかアルトへ倍返しすると心に決める。


 これでアルトのことはもういい。ウィズは言い合う女子陣二人へ視線を戻すと、息を吐く。


 ずっとこのまま争わせておくわけにはいかない。ダメ元だが、彼女らを止めさせる行動はおこさないと。


 ウィズは少し考えた結果、引きつった笑みを浮かべて、手をパンと叩く。


「はいそこまで! 折角四人集まったんですし、言葉をぶつけ合うよりも親交を深めません? ほら、四人でやるトランプとかきっと楽しいですよ!」


 手をならしたウィズに、フィリアとソニアの視線が向けられた。二人の熱くなった視線を受けたウィズは威圧に気圧されてピクリと肩を跳ねらせる。


 これで言い争うのをやめてくれるかな――なんて希望を見出したウィズであったが、希望とははかないものである。


「……そもそも、ウィズもウィズだよ! 雇用主とはいえ、女の人を自分の部屋に入れるのはどうなの? しかも夜に!」


 ずい、と一歩踏み出してソニアは人差し指をウィズへと向けて、そう言った。真っ赤な顔で若干ほっぺを膨らます彼女に、ウィズの顔が引きつる。


「ボクは別にいいけどさ……! 会ったばかりの人はダメだよ! もっと警戒してよ!」


「警戒……っていってもここはフィリアさんの家だし、警戒も何も……」


「そういう意味じゃなくて……!」


 煮え切らないといった様子で、ソニアはちょっと潤んでいる瞳をパチクリさせた。


「――つまり! ボク以外の女の人にそんなオープンじゃダメってこと!」


「は、はい……」


 いつしかソニアはウィズの目の前まで歩んできていて、眼前でそう告げた。


 ウィズはその迫力にうなずくことしかできず、彼女のいう事にとりあえず従っておいた。


 しばらくウィズとソニアが至近距離で見つめ合うのが続き、ハッとした瞬間にソニアが慌てて顔を下げる。


 それから口元に両手を持ってきて、火照った顔面を反らした。


「わっ、分かればいいよっ……! じゃ、ボクはもう帰るね! おやすみなさい!」


「お、おやすみなさい……」


 そのままソニアはウィズから振り向くと、耳の先まで赤くなりつつも走って部屋を出て行ってしまった。部屋の扉が弾かれるように勢いよく開かれ、そして静かに閉まっていく。


 部屋には静寂が戻ってきた。


 雰囲気も冷めていく中で、ここぞとばかりにアルトが片手を上げる。


「あっ……俺、そういや用事があるんだった……! じゃ、姉様、ウィズ、良い夢を~」


 ハハハ、とわざとらいく笑いながら、アルトもササッと部屋を出て行った。


(こいつ……)


 その盗賊のような逃げ腰をウィズは呆れ10割で見つめていた。


 彼が部屋を出ると、残されたのはウィズとフィリアだけになる。しばらくちょっと気まずい沈黙が流れていたが、ついにフィリアが口を開いた。


「ウィズ、ごめんね……。わたしが部屋を来たばかりに……」


「いや……」


 フィリアの謝罪に、ウィズは反射的にそれを否定しようとする。


 しかしウィズの本心では『フィリアが部屋に来たから……』と思っていたので、上手く否定する言葉が瞬時に思い浮かばなかった。


 故に、ちょっと焦った結果、ウィズは慌ててこう弁解した。


「あの……そうですね、えー。フィリアさんが来てくれて、僕は嬉しかったですよ」


「……っ!」


 別に来なくてよかったのに――という本心を抑えたの言葉。特に考えもなしに言ったが、心象を悪くするものではないだろう。


(もう帰ってくれねーかな……)


 ウィズは瞳に虚空を映しながら、ため息をこぼす。


 この時、ウィズの瞳の先は虚空。つまり、湯気が出そうなほど顔を赤らめたフィリアのことを全く見ていなかった。


 フィリアは下げた拳を握ると、呆けているウィズに向かって思いっきり叫んだ。


「そういうとこだよっ!」


「うへぇっ!?」


 まさか叫ばれるとは思っていなかったウィズは驚いてイスをガタガタさせた。そして目を丸くしてフィリアを見つめる。


「っ!」


 ウィズの視線に当てられたフィリアは反射的に手で顔を隠すと、振り返った。


「もう……! わたしも帰るからね!」


「あっ、フィリアさん!」


 扉に向かって歩き出したフィリアにウィズは制止をかけるが、彼女は止まらない。


 扉のところまで歩き、そのノブに手を伸ばしたところで再びウィズが口を開く。


「あの、今夜のソニアのことなんですけど、あまり悪く思わないでください……! 彼女も、えっと、悪気はないというか……!」


 イスから立ち上がったウィズは、言葉を選びながらソニアを擁護する建前を見せた。


(ここは良い人アピをしておかねーとな……。あとフィリアとソニアの距離に亀裂が走るのも面倒だし……)


 ウィズの言葉を聞いたフィリアはノブを握りしめたまま、しらばく静止していた。


 どうしたものかと心配になってフィリアの近くに行こうとするウィズであったが、それよりも先にフィリアが顔だけちょっとウィズの方を見る。


「そういうところもだからね……!」


 真っ赤な顔でそれだけを告げると、フィリアはそそくさと部屋から出て行った。


 部屋には完全に静寂が戻ってきていた。ウィズはイスに深く座ると、大きなため息をついたのだった。


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