33 四つ巴
ウィズとソニアの出会いは特に運命的でもなかったが、ソニアがウィズの店を知るや、時間を作っては遊びに来ていた。そういう関係が続き、今に至るというわけだ。
「あの時から今日まで、ボクはずっとキミの世話になってばかりだよ。……本当に、ありがとう」
薄く微笑みながら、ソニアはウィズへ感謝を告げる。ウィズも当たり障りのない言葉で返答した。
「それはお互い様でしょ?」
適当に言った言葉であった。しかしちょっと考えると、あながち間違いでもなかった。
何も知らないソニアを利用するかたちにはなっているものの、ソニアを関して色々とコマを進めることができているのだから、その点においては『お互い様』である。
ウィズがニッコリと微笑むと、ソニアは頬を赤らめて視線を下に反らした。
「……」
「……」
そのままソニアは口を開かない。
ウィズは話すことは特ないのもあるし、加えてソニアが何かを切り出そうとしている雰囲気があったので、そのまま静観していた。
沈黙が漂う中、時間は過ぎていく。
ウィズはソニアに気付かれないよう、ちらりとクローゼットの方へ視線を向けた。忘れそうになるが、あの中にはフィリアが隠れている。
できることなら、早くソニアを返して、その後でフィリアも返して、明日の先見でもしたい。
そう思っていると、ソニアがガバッと顔を上げた。ウィズはちょっとびっくりして彼女を見る。
「あのさ、ウィズ……。その、ボクって寝床が変わると眠れなくなるんだけど……」
「は、はい……」
ウェズは思わず敬語で相槌を打った。
なんだろうか、今のソニアからこれまでにない必死な感じがする。改めてソニアを見るに、耳の先まで真っ赤で、若干瞳が潤んでいた。
(……なんだ、不眠症か。それとも過去の不幸にノスタルジックを感じて情緒不安定か? オレもたまになるぞ)
『過去の不幸にノスタルジックを感じて情緒不安定』についてはウィズもたまにするので、その寂しい感じは分かる。
「もし……もし! 別にやましいこととかはなくて単純に、もしよかったらなんだけど……!」
ベッドの上に座るソニア。その上に下ろした手でぎゅっと布団の上っ面を握り、再び顔を伏せた。
それとほぼ同時に、ウィズはハッとして扉の方へ視線を向ける。そしてソニアが入ってきた時、扉に鍵をしていなかったこともあって嫌な予感を感じ、頬に汗を流した。
「あの、一緒に寝――」
ソニアが決死の想いで、ベッドから立ち上がりウィズにお願い言おうとする。
――しかしそれはあろうことか、全てを言いきることができなかった。
「ウィズ!! 俺が来てやったぞー!!」
バン! と勢いよく扉を開ける音。そしてとても楽しそうな男の声。
それが誰であるかは一目瞭然だった。
「あ、アルト様……?」
「うん?」
ソニアが目を丸くして、ゆっくりと扉の方へ視線を向ける。
同時に、扉を開けて何の断りもなく入ってきたアルトが、ソニアとウィズがいる空間を見た。
「ほぉ~」
二人を見たアルトはニヤニヤと口元を緩ませ、ぐるりと部屋全体を見渡す。
(あっ……)
その見渡した中で、視線がクローゼットに向かった一瞬だけ、ぴくりと彼の頭が止まったのをウィズは察知した。
「ふ~ん……なるほどぉ……」
(あぁ……)
バレた。恐らくアルトはクローゼットの中にフィリアが隠れていることに気付いてしまっている。
(くそ……面倒くさいことに……! なんでフィリアはわざわざ隠れたんだよ! 隠れず堂々としてれば……!)
「なんだぁ~……やるじゃんウィズ~! 女の子を部屋に連れ込むなんて」
「あ、いやアルト様、ボクからここに来たんです……!」
ニヤニヤと絶え間ない笑みを浮かべるアルトに、ソニアが胸の前で手を合わせて遠慮がちに告げる。
その声に反応したアルトはソニアの方をちらりと見た。それから腕を組んで再びウィズへ視線を戻す。
「そりゃ嬉しいな、ウィズ! こんな可愛い
「かわっ……!」
白々しくもウィズをおだてつつ、ソニアのおだても忘れずに行うアルト。
案の定、『可愛い』とさりげなく言われたことで、ソニアが顔を真っ赤に染めて顔の前に手を持ってきた。
アルトはそのまま続ける。
「俺としては姉様に気に入られてるようだったから、つい姉様と相思相愛、隠れて付き合ってるのだとばかり……。めちゃくちゃお似合いじゃん? 『凄腕剣士』と『凄腕魔法使い』とかさ、いやはや何それ運命で結ばれてる? って感じで」
アルトがわざとらしく大声で言うのに連動して、クローゼットの方から『ガタッ』と音がした。
その音に赤面しているソニアは気付いていない。気づいたのはウィズと、多分アルトもだろう。
「でもなんというか……君ら、その感じだと幼馴染だろ?」
「あ、いえ……ボクとウィズは幼馴染ってわけじゃ……」
ブンブンと顔を振って否定するソニアだが、別に驚いた様子もなくアルトはそんな彼女を見つめていた。
ウィズといえば、口出ししたところで状況が良くなる気がしないので、もう黙って見ていることにした。正直なところ、本当に嫌な予感しかしない。
「あっ、そうだったのか。いやー、距離感的にそうなのかなって。部屋の雰囲気からして、もしや実はウィズとソニアって付き合ってたりする? そうなると姉様が失恋ということに……」
「ち、違います……! ボクとウィズは
アルトは若干顔を上に上げると人差し指を顎に当てて、考える仕草をしながら告げる。
対してソニアは顔から湯気が出そうなほど、二つ眼の真ん中から耳の先まで顔を赤くしつつも、慌てて否定した。ソニアの声が若干ながらも声が上ずっているところに、彼女の焦燥が伝わってくるようだった。
アルトは少し驚いたように目を見開く。
「そうなのか! ってことは姉様もまだチャンスがあるってことか……! 良かった、これで姉様が失恋の悲しみで、昔設置した巣箱から鳥が旅立ってしまった時みたいに、ギャンギャン泣いてしまうことはないということに――」
「――ちょっと! 何勝手なことを言ってるの!? そもそもわたしは別にウィズのことを……!」
今度は扉じゃない方から『バン!』と何かを勢いよく開ける音が響いた。
それに至っては耳を澄ましていなくても聞こえるほどの音量で、部屋にいる者なら誰でも気付く。
「あ……」
(あーあ……)
思わずクローゼットから飛び出てきてしまったであろうフィリアが言葉をもらすのと同時に、ウィズは内心で頭を大きく抱えたのだった。
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