30 企み

 ウィズの部屋。


 ベッドに座り、恥ずかし気な表情で下を見つめるフィリア。


 そしてそれを神妙な目つきで見るウィズ。


 部屋にはそんな二人が歪に存在していた。


「……はぁ」


 フィリアは後ろに束ねた髪を前に持ってきて、それをいじりながらため息をつく。


「ウィズが真剣なのは分かったよ……。で、でもさ、もう少し節度というか……」


「……」


 フィリアはどこか火照った顔でそう静かに言った。ウィズはそれをじっと観察していた。


(話は全部聞いていたようだな……)


 フィリアからはウィズに向けての敵意や猜疑心さいぎしんは感じられない。なら、ウィズの言葉で何とか言いくるめることができたということか。


 とりあえず、最悪の展開だけは回避することができそうである。ウィズは安堵も含めて、再びフィリアを見つめた。


(……しかしなあ。やっぱりいつもと態度が丸っきり変わるよなあ……)


 ウィズの瞳に映る今のフィリア。ベッドの上で素足を見せながら、闘争心の欠片もなければ、堂々さも感じられない。ただのどこにでもいる女子の一人であった。


 代々続いている『家訓』に縛られ、それがためにフィリアは外で傍若無人を演じている。考えてみれば、まるで呪いのようだ。


 ウィズが薄っすらと彼女の立場を考えていると、とうとうフィリアが語りだす。


「はぁ……ちょっと落ち着いたし話すけどさ……」


 フィリアは頭を振るい、髪を後ろに戻した。少しうるんだ瞳でウィズを真っ直ぐ見つめた。


「さっき変な切り出し方しちゃったけど……もともとね、別にウィズを疑ってたとか、そういうのじゃないよ。君からは……何となくだけど、敵意がしないもの」


「……そうですか」


 フィリアは薄く笑ってみせる。フィリアの言葉に嘘はないようだった。


 ウィズは安心しつつも、さっきやった一連の流れがほとんど不要であったことに気付く。徒労を感じて、ウィズは息を吐いた。


 しかしそれはそれで気になる点はある。ウィズはそれを切り出した。


「それでは、何故あんな話をしにきたのですか……?」


 フィリアがウィズのドス黒い企みを察知し、問いただしにきたのではないとすると、何が目的でここにきたのか。


 ウィズはじっとフィリアを見つめる。


 フィリアはそんなウィズの視線に一瞬だけ視線を背けたが、すぐに戻しつつ、しかしチラチラと反らしながら答えた。


「……人には誰しも、心の中で企むものなのよ。君も……そして、わたしもね。ほら、言ったでしょ? 『アーク家』の『家訓』について。長年続いてきたとされる、あの『家訓』を……わたしは無くしたい」


「あぁ……」


 『ネグーン』に行く途中の馬車。そこでフィリアがウィズに語った言葉。


 それは『アーク家』に伝わる『家訓』を彼女の代でなくす、というもの。


「確かに『家訓』のおかげで、『アーク家』の威厳はずっと保たれてきたのかもしれない。でもその反面、たくさんの人に迷惑をかけてきちゃった……。そんなの、良い訳ないから……」


 言い放ったフィリアには、さっきまでのフラフラした態度はもうなかった。太ももの上で手を組んで、決意を露わにするようにぎゅっと握りしめる。


「わたしは……父上と、『アーク家』と、真っ向から立ち向かう……! それで『家訓』を……わたしたちが自分勝手に作ってきた垣根かきねを壊す……! それで、今まで迷惑かけた人たちに謝って、今まで以上に……」


 フィリアは瞳を細めた。その瞳の裏にどんな情景が浮かんでいるのかは分からないが、いつの間にか雰囲気が張り詰めていた。ウィズの肌がヒヤリと温度のない冷たさを感じる。


 ウィズはその空気を知っていた。――『ガスタ・アーク』と対峙した時に感じた威圧プレッシャーと、瓜二つであった。


 もっとも、ガスタのものと比べると明らかに軽くはあったが。


「でもそのためにはわたしの力だけじゃ足りない……!」


 フィリアはそうやって、力拳を込めた。それから視線を上げてウィズをじっと見据える。


「だから、わたしは貴方の力が欲しい。父上の威圧プレッシャーと斬撃を受けることができる、貴方の力が……!」


 決意と覚悟――それはあの森でフィリアに感じた強靭な精神。その断片が今も感じられた。


「これは護衛とは別よ。護衛任務には報酬として金が出る。それは『アーク家』のもの。けれど、今話したこれはわたし個人の"企み"。協力してくれた見返りとして、『アーク家』のものを頼るわけにはいかないから――」


 ウィズはその先の言葉が分かってしまって思わず目を見開いた。


 フィリアは一旦言葉を切らしながらも、やはり口を開く。


「――貴方が心のふちに隠している"企み"。わたしも、それに協力するわ」


 ウィズがフィリアの"企み"に協力した暁には、フィリアがウィズの"企み"に協力する――フィリアが提示した条件であった。


 それを聞いたウィズは小さく笑ってしまった。直後、手を当てて緩んだ口を隠すがすでに遅い。


「……やっぱり、バカげた夢だって思ってる?」


 ウィズの薄ら笑いをしっかりと目撃していたフィリアはそう言って目を伏せた。ウィズは慌ててそれを否定する。


「そうじゃないですよ……! ただ……」


「――ただ?」


「……」


 ――ただ、ウィズの"企み"というのは『ブレイブ家』の抹殺。それに『アーク家』のフィリアが加担するとなれば、それはよくあるただの『報復』とは訳が違う。


(――もし。もしもフィリアがオレに協力したなら、個人の報復どころの話じゃなくなる。『剣聖御三家』間の潰し合いになるだろうな。そうなったらただの貴族同士の争いの比じゃない……。とんでもない戦力を保有した組織同士の争い――『戦争』のようになる……)


 ウィズはジロりとフィリアを見る。


 ――いや、ウィズは別にフィリアや『アーク家』がどうなると知ったことではないのだ。『ブレイブ家』を壊滅させつことができれば、あとはなんでも良い。


 ならば、フィリアの誘いに乗って疑似的な『戦争』を起こすのも一興だろう。ウィズ単機で『ブレイブ家』を襲うよりも、そっちの方が勝算は高いに決まっている。


 ――それなのに。


「……ごめんなさい。ちょっと考えさせてください……」


 ウィズは、その誘いに乗ることができなかった。


「……そう」


 残念そうに肩を落とすフィリア。ウィズは噛み締めた。


(なんで……)


 拒否してしまったことに対する後悔が、ウィズの体に渦巻いていた。


 ここでウィズの"企み"をフィリアに明かしたところで、彼女がそれを周囲に話しまわることはない。何故なら、これはフィリアとウィズの間にかわされた秘密の取引なのだから。それを明かすのはフィリアにとっても悪手だ。


 それに、貴族や侯爵家への『報復』などよくある話だ。仇討ちを目的に対を成している権力者に近づく行為など、この時代ではありふれている。ウィズもその一人に過ぎないのだ。


 大々的に表明するのは悪手だが、こうして秘密裏に取引するために明かすのは決して悪くはない。




 ""



 フィリアは必ず断る。何故ならウィズの『ブレイブ家に報復する』という"企み"に協力すれば、家族や領民も巻き込むことになるから。


 それもウィズは分かっていた。しかしダメ元でも言ってみるのが吉。


(それなのに……! 何故オレは……!)


 だがウィズはそれすらできなかった。


 自分でも分からない、分かっているはずの、無理解な後悔がウィズを襲っていたのだった。

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