【戦力再編】戦争代理人

上条竜

戦争無き世界

001_戦争無き世界 Waragent~Straw puppet to be hurted~

 カウントダウンの声は淀みなく続き、ゼロと共に宙へ浮いた巨体はもうもうと噴射の煙を引きながら、曇天の高みへと加速していった。

 軽く傾斜したロケットは、地球の自転方向である東の太平洋へと飛んでいく。その姿はやがて、雲の間に隠れていった。

「うまくいくと良いですね」

 巨大な壁面モニターを見上げる管制室の中央――作業服姿の若いアシスタントに言われて、スーツ姿の高野たかの義郎よしろうは頷いた。今回の打ち上げにおける、技術管理主任だ。

「スペースデブリや廃棄人工衛星の問題解決、その第一歩だからなぁ」

 二〇五一年、九月二三日。

 種子島にあるロケット射場から一基のロケットにより、新たな人工衛星が打ち上げられた。積荷は衛星軌道上の廃棄物回収・掃排試験用の衛星、とされている。

 二〇世紀後半からこれまでの百年近い間に、人類は衛星軌道へ次々と人工衛星を打ち上げてきた。いまだに機能しているものもあるが、既に役割を終えたものや目的の半ばで機能が停止した後、互いの衝突や隕石等で破壊され散らばったものも多い。

 そして軍事技術の開発と偵察衛星破壊を目的とした「衛星破壊実験」の標的にされて四散したものなど、宇宙ゴミスペースデブリが無数と言っていいほどに散らばっている。

 二一世紀も後半に入り、軌道上に展開する有人の宇宙ステーションや無人天文台などの施設も増えた。そのため宇宙と地上との往還が頻繁になり、必然的に連絡シャトルや無人カーゴとデブリの衝突による重大事故も起きている。

 だからこそ、デブリ問題は深刻にとらえられていた。いつまでも放置しておくわけにいかず、誰かがをしなければならない。

「デブリ掃射がうまくいけば、軌道上もきれいに、安全になりますね」

「そうなってくれると……いいんだがね」

 高野は小さな声で応えた。ガラス張りの管制室の外、打ち上げ作業の見学スペースにいる一人の人物を、彼は知っていた。

 技術協力団体の一員にして、のスポンサーである、海外企業の関係者だ。灰色の髪と彫りの深い笑顔がこちらを向く。よく見知った顔だ。

 不意に警報が鳴った。ロケットのトラブルではなく、警戒警報だ。

『宇宙開発センター内の各員に連絡。国防空軍より侵入機ありの通知。総員、防空避難所へ待避せよ』

 種子島ではもはや日常的になりつつある。

 大陸方面からの急行便――要は嫌がらせと偵察で派遣された、の爆撃機だ。二一世紀も後半だというのに、今でもこんなことをやっている。

 彼らが島までくる可能性は皆無とは言えない。たいていは三〇〇キロ以上向こうで国防空軍のスクランブル機の迎撃によって、大半は領空外に追い出されている。

 だが、過去には迎撃機が発進した裏をかいて、種子島まで肉薄したこともある(その時は高高度を高速移動する偵察機だった)。

 大国間で直接、戦争が行われなくなって既に百年以上が経つ。それでも開戦の可能性は皆無ではないし、最近は形を変えた戦争が世界各地で頻発している。

 今回も大事はないだろう……と思うのだが、いつまでこんなことが続くのか、と高野は思う。

 ごく些細な事件を火種として、戦争という炎が燃え上がったことは過去に数え切れないほどあった。明確な領空侵犯であっても、機体を撃ち落とされれば、それを口実に攻め込んでくる。

 そんなことを繰り返しているのが現在の世界だ。

 ――高野は内心で頷いた。

 既に賽は投げられている。

 この後、世界がどうなっていくのか――自分たちのシナリオ通りであれば、世界は様相が一変するだろう。

 それは本当に理想的な社会の到来なのだろうか。高野にはわからない。その時代をこの目で見られるかどうかも定かではない。

 それでも、今よりマシな世界になればいいと思う……警報が鳴り響く中、高野は普段の訓練通り、地下の管制室から防空避難所へと足を速めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る