マツダ コスモ・スポーツ

「松田コスモさん、私に用事って何かしら?」


 彼女コスモは自慢の長い黒髪を後ろで束ねて、ポニーテールにしている。そのテールの長さは2000GT以上である。

 たぶん聞こえているはずなのに、知らんぷりで花壇に咲き誇る百合の花を愛でていた。

 少し溜め息をついた豊田2000GTが、風に乱れたロングヘアーをあたりから指先で梳くと、合わせたように松田コスモはゆっくりと振り返ったのだ。つぶらな瞳と薄色の唇に不敵な笑みを浮かべながら……。


「豊田ぁ~、わりゃ、うちの事、田舎モンじゃけぇ馬鹿にしちょろうが?」


「……松田さん、そんな『この世界の片隅に』みたいな方言を使わなくても、普通に標準語で話せるでしょう?」


「ふふ! その通りよ、豊田さん。いいえ、そう呼んでも良かったのかしら?」


「……!? それは一体、どういう意味?」


「実はね……、私、偶然に知ってしまったの。あなたの秘密を……!」


氷の微笑が2000GTの心をザワつかせた時、コスモは堂々と両手を腰に当て、走ってもあまり揺れないという自慢の胸ロータリーエンジンを張った。


「あなた……豊田ではなく、本当は山葉ヤマハと名乗った方がいいんじゃないの?」


「…………!」

 

 思わず2000GTはショックで仰け反った。知られたくなかった出生の秘密を、最も知られてはいけない人に握られた心境だ。


「音楽家の山葉ヤマハ氏と道ならぬ恋の末にできた娘……それが、あなたの正体」


「もうやめて!」


 2000GTはいたたまれなくなって耳を塞ぐと、その場にしゃがみ込んでしまった。


「あなたの卓越したその美しい姿、ピアノのように光沢のある髪も鍵盤のような白い歯も歌声も全て……父親から受け継いだ物なのね」


「やめてったら!」


「私のオリジナリティーに比べたら、あなたの持つ華やかさも……!」


 その時、カラスの東次郎を追っかけていた豊田スポーツ800ヨタハチが、背後から全速力で松田コスモにぶつかりそうになった。


「危ない!」


 思わず2000GTは眼前のコスモに飛び付いて事なきを得た。二人は絡み合うように芝生に転がると、抱き合ったまま暫く動くこともできない。

 コスモの上から四つん這いで覆い被さるようにロングヘアーを垂らす2000GTは、姉のスポーツ800を大声でたしなめた。


「もう! お姉様! 学園にペットを連れてくるのは禁止!」


「ごめんよ! アイツ飛ぶのが速いの。急ぐから、じゃね!」


「まったく、しょうのないひと……」


 軽く溜め息をついた後、ギョッとしたのは2000GT。

 コスモを押し倒した格好になっており、下になった彼女と見つめ合ったまま心臓エンジンの音を昂ぶらせた。


「ごめんなさい……」


 恐る恐るコスモの両脚の間に入った膝を、どかせようとした矢先、何と2000GTはコスモに両腕でギュッと強く抱き締められた。


「ちょっ!! コスモ……さん?!」


 心なしかコスモの両目は潤んでおり、その頬はほんのりと紅潮していた。エンジンエンジンがピッタリ重なり合い、お互いの鼓動が一つに感じられたが、コスモの胸の方がコンパクトでドキドキが穏やかなように思えた。

 先に口を開いたのはコスモ。


「どうしてなの……?」


「へっ!?」


「どうして、ひどい事を言った私を助けてくれたの?」


 視線を泳がせた2000GTは、コスモより真っ赤になって答えた。


「助けたも何も、私はただ……、姉がぶつかって怪我しないようにしただけですわ」


 体を起こそうとした2000GTに追い討ちをかけるように、今度は首筋に両腕を絡めてきた。


「ひっ!?」


「私……私、本当は、あなたにずっと憧れ続けてきたのかもしれない」


 耳元で語りかけてくるコスモに、2000GTの両腕の力が抜けてくるのが感じられる。


「私、あなたのようになりたかったのかもしれない。あなたの事を追いかけたかったのかもしれない……」


「コスモさん……」


 見つめ合い、エンジンの鼓動が最高潮に達しようとする頃、お互いの桜色した唇が求め合うように重なり合おうとする……。




「ちょっと! あんた達! 芝生の上で居眠り禁止でしょ!」


 小さいが貫禄のあるオバ様、鈴木の事務員ならぬ鈴木ジムニーさんに叱られて2000GTはハッと我に返った。


 こうして私立名車女子学園のときめいた昼下がりの一日は、今日も終わりを告げたのだった。


 


 

 



 




 

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