プロローグ

 トヨタ2000GT


「……豊田2000GTさん、松田コスモスポーツさんが探していたわよ」


 このクラスで一番年上である脱兎山ダットサンフェアレディーが、委員長の2000GTに声を掛けた。

 なかなかの美少女である脱兎山は、かなりオープンな性格で開放的。制服の上着を脱いで、いつもTシャツか下着一枚なのだ。

 ――晴れの日は良いが、雨の日は寒くないのだろうかと、2000GTは思った。


 ここ私立名車女子学園は、その名の通り名車と呼ばれるクルマ娘しか通うことの許されない、日本屈指の名門校なのである。

 高等部を筆頭に、中等部まで優秀な生徒が揃っており、常に陸上競技での足の速さや馬力、および外見の美しさ、はたまたモテ度などを日々競い合っているような女子校なのだ。そう、学生にとって重要な勉強や成績、頭の良さは彼女らにとって二の次なのである。


「コスモさん、一体何の用なのかしら? またこの学園で一番高貴で美しい、この私に勝負を仕掛けてこようなどと躍起になっているのなら、本当に無駄な事ですわ!」


 黒くて長い髪を風になびかせながら、2000GTは長い廊下を颯爽と歩く。小柄だが細身の完璧なプロポーションを誇る彼女は、どこに出しても恥ずかしくないようなルックスで、ひとたび街を歩こうものなら誰もが振り返るレベルなのである。


「どうしたの、2000GT?」


 隣のクラスにいるチビな姉、豊田スポーツ800ヨタハチがちょこまかと後をつけてきた。この学園においても名家・豊田一族は、一大勢力を築き上げているのは言うまでもない。


「あら、お姉様、コスモの姿を見なかった? あのコ同じクラスなんだけど、私と一緒にいると、どうしても比べられてしまうのがイヤで、すぐどこかに姿をくらましてしまうのよ」


「コスモなら購買部のパン屋の前で見たわ。あいつ燃費が悪くて、すぐにお腹が空いてしまうみたい。それより本田S800エスハチを見なかった? アイツとは今日こそ勝負をつけたいの!」


 本田S800エスハチも脱兎山のようにオープンで、真冬でも下着一枚ですごしているような奴だ。イメージカラーも赤で成り立ちが似ているが、エンジンの大きさが脱兎山の半分以下しかない。同じチビで貧乳同士、豊田スポーツ800ヨタハチを良きライバルとみなし、毎日二人でじゃれ合っているのが微笑ましい。


「勝負だなんて……、お姉様達は元気ですわね。私のように優雅にできないものかしら?」


「何言ってんのよぅ! クルマ娘の私達は、走るために生まれてきたようなもんじゃない。うかうかしてるとコスモに置いてけぼりにされるわよ!」


 そう言うと豊田スポーツ800ヨタハチはツインテールを揺らしながら、階下に消えていった。

 姉の残した言葉が妙に気に掛かる2000GTは、コスモを探しながら良きライバルについて考えてみた。

 コスモは2000GTが過去にハリウッドデビューの快挙を成し遂げたという噂を聞きつけ、演劇部に入りTV出演まで果たしたとのこと。

 彼女は広島出身らしいが、ハーフのような顔立ちで2000GTから見ても美しくなるために頑張っているなあ、と心から思う。正に努力の結晶のような人なのである。生まれながらに何もかもが備わっている2000GTには、学ぶべきところが多いのもまた事実なのである。


 いつの間にか引き寄せられるように、校舎裏の芝生まで来ていた。

 お昼休みの一時に、嘘のような静寂に満たされた空気は、穏やかな日差しによるものか。

 そこには2000GTに負けず劣らず、輝くような色白の美少女、コスモが独りで待っていたのだ。



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