第八十九話 人類同盟の2日目

国際標準時 西暦2045年9月4日11時31分

高度魔法世界第4層

北部戦線 人類同盟コロンビア級戦略原潜2番艦 作戦司令室



「報告、南部戦線日仏連合、本日の攻勢で進撃する様子見られず、高度魔法世界軍との対峙を継続」


 地球人類第1次合同攻勢作戦の2日目、その報告を聞いて人類同盟指導者ドイツ連邦共和国エデルトルート・ヴァルブルクは深い溜息を吐いた。

 この場にはアメリカやインド、中華民国といった、エデルトルート達主流派と対立する派閥の探索者達はいない。

 それゆえにエデルトルートも自身の気持ちを隠す必要はなかった。


「日仏連合に状況を問い合わせますか?」


 憂鬱そうな指導者の姿に、同席していた福建共和国の男性探索者、楊俊熙ヤン・ジュンシーが気遣うように問いかけた。

 黒縁眼鏡をかけた温和で理性的なアジア系の顔が、心配そうにエデルトルートを見つめている。

 しかし彼女は仕方なさそうに首を横に振る。


「無駄だろう。

 アイツは軍の整備だとか適当な理由をつけるだけだ。

 元々、アイツの目的は飛行場を手に入れることだ。

 それを達成した以上、魔石も十分に確保できただろうし、アイツが望む環境が整うまでは梃子でも動かないさ」


 エデルトルートは疲れた顔で葉巻にマッチで火を点けた。

 目を瞑って咥えながら紫煙をくゆらせる。

 中央戦線を担当する国際連合も、新規に飛行場を建設するなどの大規模な投資をした割には、積極的に攻勢をかけている様子はない。

 今日の日仏の不自然な沈黙も含めて、奴らは何かを企んでいるのだろう。

 

「姑息な奴らだ」


 狙いは分かっている。

 人類同盟も他の第4層ダンジョンで出現した大型兵器の存在は知っている。

 この高度魔法世界第4層でも同種の大型兵器が隠されていることだろう。

 エデルトルートは他の大型兵器の情報を精査したうえで、高度魔法世界の大型兵器についても既存の戦力で十分に対応できると判断した。

 本来ならば連合や日仏がこのダンジョンに侵攻する前に、同盟主導で本格攻勢を行いたかった。

 しかし、同盟内のエデルトルート達主流派と対立する派閥、アメリカなどの大国が寄り集まった大国派は、大型兵器により自分達が大金を投じて整備した軍団が失われることを恐れた。

 その結果、同盟は本格攻勢を行えないままズルズルと戦線を引き延ばし、連合と日仏の介入を待たねばならなくなってしまったのだ。

 エデルトルートからすれば戦略的失点に他ならない。

 そして、もしもこのダンジョンでも階層攻略の主導権を日仏なり連合なりに奪われてしまえば、大国派は嬉々としてエデルトルートの失点にするだろう。

 大国派にしてみれば、自分達の大切な戦力が傷つかず、目障りなエデルトルートも引きずり下ろせる一石二鳥の一手である。


「ですが今日の攻勢で我々は敵の前線拠点を落とせます。

 日仏や連合が足を止めている間に、同盟は確実に攻略を進められます」


 楊が自分達の優位性を主張する。

 気落ちしているように見えるエデルトルートを少しでも励ましたいのだろう。

 彼は中華民国の袁とは違い、気遣いができる人物である。

 

「……そうだな、今は我々の為すべきことをするだけだ」


 エデルトルートにとって、戦後を見据えた人類間の調整も必要だとは思うが、ダンジョン戦争自体についても決して舐めてかかって良いものだとは思えない。

 同盟内の大国派も含め、連合や日仏すらもダンジョン戦争は勝てるものだとばかり考えているが、階層を重ねるごとに行われる敵の強化とその速度を考えれば考えるほど、人類の優位が長く続くとは思えないのだ。

 断定はできないが、第7層あたりで人類の優位は崩される可能性が高い。

 本当の意味で人類が大損害を被るのはその時だろう。

 それまでは勿論油断して良いわけではないが、既存戦力で十分に対抗できるはずだ。

 エデルトルートはその破局点が訪れるまでに、人類全体の戦力向上を促していく必要がある。

 それが人類最大勢力である人類同盟、その指導者となった己に課せられた使命の一つだろう。

 彼女はそう考える。

 今回、親人類同盟諸国を始めとした有象無象をコウズケ・トモメに押し付けたのも、それが理由の一つではある。

 エデルトルートはあの腹黒大魔王の性格と戦略は欠片も信用してないが、戦術的手腕に関してだけは絶対の評価を置いている。

 あの戦術支配の化身にかかれば、第三世界諸国の探索者を十全に運用し、彼らに必要な戦闘経験を積ませることができるだろう。

 そして親同盟諸国、日本の勢力下にある国々が運良くトモメ・コウズケに取り入ることができれば、同盟の国力を今まで間近で見せつけられてきた彼らは日仏連合の同盟加入を強く希望するはずだ。

 彼らにとって人類同盟とは国際社会そのものだ。

 いくら日仏が強大でも、国際社会そのものから締め出されては立ち行かないと、普通の政治的感性の持ち主ならば考える。

 それこそ既存の国際社会そのものを崩壊させてやろうなんていう、映画やアニメでしか見れないようなTHE・巨悪の根源な思考の持ち主でない限りは、国際社会への復帰は健全な戦後ライフを送るうえで必要不可欠。

 エデルトルートはその時が来るまで、誰にでも門戸を開き、常に君臨する盤石さを維持していれば良い。

 日仏さえ加入してしまえば、厄介な大国派へのカウンターパートにもなるし、日仏に深い影響を受けている風見鶏の第三世界諸国も雪崩を打って同盟への加入に動くだろう。

 

「全ては人類の勝利のために」


 全ては地球人類、ひいては我が祖国ドイツのために。

 ドイツ手動での国際社会を維持したまま、戦後を迎えることがエデルトルートには求められている。



国際標準時 西暦2045年9月4日21時46分


 人類同盟、高度魔法世界軍の前線拠点制圧に成功。


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