第一話 嫌な記憶とマッチポンプ

『特典によってどのような情報を得たのでしょうか?』


 …………


『どうして特典の情報を公開されないのでしょうか?』


 ………… 教えられるわけ、ないじゃない。


『たしか人類の団結を訴えておられましたよね?』


 …… やめて。


『ご自身の主張と行動が合致していないように見えますが……』


 そんなこと貴方に言われなくても、分かってる……


『スリーサイズを教えて下さい』


『公女殿下、どうしてお答えして頂けないのでしょうか?』


 ………… やめて。


『人類の団結を訴えておきながら、自分では国際社会への協力を拒否する姿勢に対し、我が国の国民は非常に強い憤りを感じています。

 公女殿下は謝罪と賠償を行うべきでは?』


 なんで、そんなこと言うの?


『貴方が情報を公開していれば、我が国の探索者は戦死しなかったかもしれないのに……』


 そんなことっ、私に言われても……!


『貴方の行動は人殺しよりも質が悪い!

 人類への裏切りではないですか!!』


 酷い……!

 妾は、こんなに頑張ってるのに!!?


『殿下、公国国民の一人として申し上げます。

 開示を頑なに拒み、その理由すら説明を放棄する貴方の行動は理解できません』


 そんな、なんで、妾が……


 疑念の視線。

 怒りの視線。

 嫌悪の視線。

 軽蔑の視線。

 

 思い出したくないのに、人々の悪意が無遠慮に向けられる記憶が勝手に再生される。

 その度に心臓が締め付けられていく。

 ついでに脇腹がツンツンする。


 違うの、妾は…… 妾は…………!!


 肺に水が満たされていく感覚。

 息が苦しい。

 脇腹のツンツンがズンズンになる。


 どれだけの言葉を向けられても、結局何も言えなかった妾。

 祖国の国民には、世界中の人々には、一体妾はどう見えていたのだろう?

 妾の姿を見て、どんな感情を抱いたのだろう?


 頭が重い。

 思考がだんだんと歪んでいく。

 脇腹がガンガンする。


 もういやぁ。

 こんなのって……

 

 脇腹がそりゃあもうゴンゴンと————



「—— って痛いですわ!?」



 感じた痛みで意識と視界がパッと広がった。

 そして見えてくる現状。


「…… ほう、痛い、か。

 随分と余裕なようですね、公女殿下?」


 7本の国旗が掲げられた上品な室内。

 その中央に置かれた円形のテーブル。

 それを囲うように座る6名の視線が妾に集中している。

 とりわけ対面の女傑から向けられる刃の如き眼差しは、混乱していた妾の頭に冷や水を被せた。

 

「…… はぁ」


 未だにジンジンと痛む脇腹。

 そちらを向けば、顔から腹黒さがにじみ出る日本人が呆れた眼差しを隠そうともしていなかった。


 枷から解き放たれた頭脳が猛回転し、急速に状況を把握した。

 今は妾達が行っているのは、記者会見準備の為に実施できなかったダンジョン第4層の攻略に関しての話し合い。

 主要七ヵ国戦略指針会議と呼ばれる、人類の主要勢力を率いる者達による利権調整会議。

 周りを見れば、日本ドイツロシアアメリカブラジルインドといった人類の未来を左右できる錚々そうそうたる面子が居並ぶ。

 どの国家も大国や列強すら上回る超大国と地域覇権国家と呼ばれる国々だ。


 そんな中で今最も注目を浴びているのが、彼らにとってちりに等しいミニ国家ルクセンブルク大公国とは、なんて皮肉が効いているのだろうか。

 ウフフフ、笑えませんわ。


「何も無いようなら、先程の話を殿下は了承するということで宜しいな」


 でっぷりとした下顎を揺らしてアメリカ人が傲岸不遜に言い切った。

 ちょっと待って欲しい。

 大事な会議中に考え事をしていた妾も悪いが、それでも分からないことを承諾させられようとしているのを看過するなんて無理だ。

 しかし、周囲の人間は妾に対し呆れた視線か厳しい視線しか向けておらず、誰からも援護は期待できそうにない。

 

 ああ、そんな、どうしようもないですわ。

 本当に最近は嫌な事ばかり……


「…… はぁ、皆さんも意地が悪い」


 ため息交じりの声。

 隣を見れば、顔を合わせるたびに対立しているような気のする日本国の探索者、トモメ・コウズケが困った顔で妾を見ていた。

 会議室の人間が意外なものを見たように目を丸くする。


「特定国家を除く第三世界諸国には高度魔法世界を攻略して貰い、それに関する諸国との会談や管理を公女殿下に一任する。

 また、探索者が全滅した国々、全13ヵ国に対するギルドミッションを通した物資援助の一任。

 さらに殿下の持つ『現状を事細かに説明された書物』についての情報開示請求…… こんな所ですか」


 トモメ・コウズケが説明した内容は、一つとして妾が容認できるものではなかった。

 あまりにも理不尽かつ一方的な負担を強いる要求に、怒りよりも驚きの方が勝る。

 驚きのあまり、自分でも顔の筋肉が硬直していることを感じ取れた。


 …… いや、それ以上に驚いたのは彼が妾を助けたことだ。

 あのまま話が進んでいても妾は要求をねつけていたが、そうなったらその後の会議で立場が著しく悪くなっていただろう。

 それは妾に要求を呑ませる側の彼にとって好都合な筈。

 妾達は公私ともに仲が良いわけではないし、末期世界第3層で共闘したとはいえ、その後に日仏と同盟を結んだわけでもない。

 一体何故なの…………


「トモメ・コウズケ、貴方は——」


「どんどん要求項目を追加していったのは貴国だろうが!」


 —— え?


「ドイツも項目を追加し、我が国の要求にも同意していた筈だ。

 誤解を招く言動は慎むように」


 どういうことですの。


「いや、私はルクセンブルクの負担が少ない特典開示だけだ!

 日本やロシアのように、少なくない労力と物資を負担させるようなことは言っていない」


 つまり、この男は妾に無理な要求を承諾させようとしておきながら、直前になって自分で助けたということですの?

 なんてマッチポンプ……


「それを言うなら——」



バンッッ



 突然の大きな音に室内がピタリと固まる。

 ジンジン痛む両手が熱を持つけど、そんなこと気にならない。

 そもそもの原因は会議に集中できなかった妾にある。

 経緯はどうあれ、妾を助けた彼に当たるのは間違っている。

 大事な会議中に行うことではない。


 そんなことは百も承知。

 でも今だけは感情が止められない。

 いつもなら我慢できるはずだけど、直前まで嫌なことを思い出していた今の妾には無理みたいだ。


「トモメ…… コウズケ……」


「………… はい」


 常に妾を小馬鹿にする憎たらしい顔も、今は完全に委縮して表情を固めてしまっていた。

 少し離れた席でアワアワしているロシア人の珍しい姿が見えたけど、心底どうでもいいわ。

 

 妾の手が自然と振りあがる。

 周囲がゴクリと唾を飲み込んだように感じた。


「…………!」


 目の前の男は覚悟を決めたかのように目と口を食いしばっている。

 その顔が、普段とのあまりの落差が面白くって————




バンッッッッ




「妾は会議の一時中断と小休憩を要求しますわ!!!」



 ―― 直前で理性を取り戻せた。

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