第六十七話 『人』と死刑宣告

 憂鬱だ……


 本来なら第4層に改装中で、中に入ることのできないダンジョン機械帝国。

 その地へ繋がる扉を開けた先に設けられた記者会見用特設ダンジョン。

 そこのラウンジで俺は待合テーブルに座ったままずっと下を向いていた。

 

 次元管理機構が有難迷惑で開催した記者会見のシステムは至って簡単だ。

 現時点で生き残っている373名の探索者達。

 その中からランダムで選出された13名の哀れな子羊。

 そいつらが1ヵ国につき10名、全世界で2300名のマスコミ関係者がそれぞれ・・・・待ち構えている記者会見会場にて6時間苛烈な質問攻めにされる。

 その間、次の生贄は待合室で待機してなければならない。

 つまり、2人目以降の探索者は死刑執行直前の気持ちを6時間味わった後、6時間かけて殺されるという悪魔のシステムとなっている。

 

 373名の探索者を始末する全行程7日間の良く考えられた拷問だ。

 ちなみに記者は12時間交代制なので、今回の記者会見の為に6万名もの記者がかき集められたわけになる。

 中小国などの記者の数が少ない国家は、代わりに大国の記者が総定員を満たすために人数追加されるそうだ。


 先に地獄へ突入した探索者の様子を見た限り、マスコミの反応は人によってマチマチらしい。

 人類最大組織である人類同盟指導者エデルトルートは、常の顔面凶器が顔面核兵器にランクアップしていた。

 きっと恐ろしいくらいにえげつない質問攻めにあったのだろう。

 国際連合兵站拠点爆破事件およびスウェーデン探索者謀殺事件の黒幕とみられる中華民国の袁梓萌エンズィメンは、超えてはいけない一線を振り切った目をしていた。

 どうせ人類悪と言わんばかりに総叩きにあったのだろう。


 高嶺嬢と白影は会見会場から出てくるなり、俺の顔をチラチラ見ては頬を赤らめるようになった。

 しかも白影だけでなく、高嶺嬢もゼックシィを購読し始めた。

 おそらく、彼女達にビビったマスゴミ連中がヘタレたのだろう。

 世界は美少女に恐ろしく優しい。

 根性のない奴らだ。


 そして今、俺の前に会見会場へ公女が入って行ってちょうど6時間が経とうとしていた。

 公女も高嶺嬢や白影と並ぶ美少女だし、普段のふるまいも人類の結束に尽力している至極人間として真っ当なものだ。

 記者会見もどうせ平穏無事に終えることだろうよ。


 ただ、懸念があるとすれば、やはり特典である攻略本だな。

 あの内容を公開すれば確実に人類の勝利へ大きく近づくというのに、何故かいつまで経っても内容を教えるどころか匂わせることすらしない公女。

 彼女はエデルトルート程ではないがそこそこの戦略眼、アレクセイには敵わないがほどほどの内部統制能力、戦略を戦術でひっくり返すのは無理だが優秀と言える戦術指揮能力を持っている。

 突き抜けた才能こそないものの、全てに秀でている万能人間だ。


 そんな彼女が未だに攻略本の内容を全く表に出さない理由はなんだ?

 もしかして…………


 記者会見という現実から逃げるために始めた公女に関する考察。

 唸りを上げる俺の超絶推理能力。

 それが核心を突く前に、バタンと開かれた会見会場への扉が俺の思考を強制的に中断させた。


 どうやら既に6時間経ってしまっていたようだ。

 後ろ手に締まる扉をくぐり、ラウンジに戻ってきた公女の様子を窺うがなんだか雰囲気が俺の予想と違っていた。

 きっとリベラルで国際協調大好きなマスゴミに散々おだてられた挙句、すっさまじいぃぃドヤ顔で凱旋するものとばかりに思っていたけど……


 公女はずっと下を向いたまま一言もしゃべらず、扉の前から動きもしない。

 ついでに彼女のドリル髪も心なしかしなびている。

 ラウンジ内には俺と公女だけであり、俺も彼女を黙って観察し続けているので沈黙が場を満たす。

 …… うーん、俺が思っていたよりも公女は記者会見で叩かれたらしい。

 それも結構ガチな感じで。

 ガッチガチやで! ってね。


 どうせ特典の開示について突っ込まれたのだろうけど、上手い感じにかわせなかったのかな。

 第一公女だし会見とか場馴れしてそうなイメージだったけど、そうでもなかったのか。

 へー、意外だなぁ。


「どうされましたか、殿下?」


 とりあえず俺から何かしないと公女は微動だにしなさそうだし、気遣ってる風に声掛けしておく。

 忘れがちだけど、俺達探索者はプライベート空間とトイレ風呂以外は常時全国民生放送。

 こうした日常での些細な気遣いが、上野群馬こうずけともめという真面目で清純な爽やか男子のイメージを作り上げるのだ!


 公女が俺の声にブルリと肩を震わせた。


「………… トモメ・コウズケ」


 何でしょうかな、お・ひ・め・さ・ま!


 すぐさま茶々を入れようとする可愛いお口を、意志の力で強制チャック!

 気遣いの紳士はレディーの言葉を焦らず待つぜ。


「…… トモメ・コウズケ。

 貴方は…………」


 しかし、公女の精神が言葉の終わりを待ちきれなかったようだ。

 彼女は口を横一文字に結ぶや否や、競歩のような早歩きでラウンジから出て行ってしまった。


 うーん、調子狂うなぁ。

 俺の顔を見ても噛みついてこない公女と言うのもなんだか物足りない。

 いつも顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたからか?


 あの公女があそこまでダメージを喰らうとは、記者会見はやはり相当過酷なのだろうな。

 ある程度は来るであろう質問の想定をしておいたが、予想される俺の未来は悲惨なものだろう。

 自国の国益を追求してきた今までの行動が、諸外国からどのように見られているかは一応自覚しているつもりだ。

 中華大陸の3ヵ国や朝鮮半島などの反日国家内なら、俺がヒトラーやスターリン、毛沢東などと同列に語られていても可笑しくない。


 勿論、戦功やら戦果やらを軒並み掻っ攫われてる列強諸国も、俺に対して良い感情は無いはずだ。

 何かしら汚点や弱点を見つけてやろうと、虎視眈々とえげつない質問を用意していることだろう。

 味方の筈の日仏マスコミ連合だって、視聴率や話題目当てにとんでもない質問をしてくる可能性も捨てきれない。


 もうみんな敵だわ。

 四面楚歌だよ!

 参ったね、こりゃ。


『日本国、上野群馬さん。

 記者会見の準備が整いました。

 入場して下さい』


 おっと、俺の死刑宣告だ。

 ソファーから立ち上がることが、まさかこれほど辛いと感じる日が来ようとは思わなかったなぁ。


 まあいい、何が来ようと叩き潰す…… それだけだ。


 俺は手のひらに『人』という漢字を三回書いて飲み込んでから、意気揚々と死刑台への扉を開け放った!

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