第六十五話 最後の特典保持者
エリトリア、その国の名は知っている。
史上最悪の独裁者に支配されていた人類史上まれにみる失敗国家。
国民の人権は最悪の形で蹂躙され、無期限の徴兵制度、無賃金の強制労働、裁判手続き無しの死刑の横行など極めて野蛮な統治がされている。
第三次大戦前から膨大な数の国民が難民として国外に亡命しており、2020年に500万を超えていた人口が2045年では200万ほどにまで減少してしまっている。
技術力、工業力、資源、食料、あらゆる物が世界最底辺の極貧国家。
ついでに魔界第3層で日仏連合が保護した女性探索者の出身国。
単眼のオーガと目と目が逢ったエリトリアガールは元気にしてるだろうか?
当たり前だが、そんな国家の探索者が正攻法で英雄となれる訳がない。
十中八九、最後に残った特典保持者、スペシャル冒険セットの持ち主なのだろう。
これでようやく特典持ちが全員判明したって訳だ。
スペシャル冒険セットがどのような能力を持つのか、その詳細は不明だけど今回の戦果から考えて外れではない筈。
今まで表に出なかったのは、俺やホモゲイスのように追加特典を得てからでなければ本領を発揮できない特典だからか?
「スペシャル冒険セットか」
「知っているのか、モルラハニ?」
「ああ、聞いた話だが、ダンジョン探索に特化した特典らしい。
ミス・タカミネやガンニョムのへっぽこパイロットのように戦闘向きではないが、あらゆる鍵を開錠するピッキングツール、被ると光学的に感知できなくなる段ボールなど、摩訶不思議な秘密道具を所持しているようだ」
「我らがNINJAよりもよっぽど忍者をしているな!」
白影のアイアンクローでもがき苦しむイロコイ連邦のタタンカを後目に俺は思った。
すげぇわ、モルラハニ!
なんで彼は俺達が先程知ったばかりのことについてこれほど詳しいのだろう?
第三世界諸国の知恵袋的ポジションは伊達ではないということか。
俺の中でモルラハニ株がストップ高になる間、身長150㎝の白影がタタンカの身体を浮かせるシュールな光景が終始続いていた。
アレクセイとエデルトルートに連れて来られたダンジョンの地下部分に建造された巨大な要塞内部。
その最も装甲が厚いフロアにそいつはいた。
「—— お前らが日仏連合だな。
遅かったじゃないか……」
エリトリアの傭兵と呼ばれた男は群衆の中でも一目で分かるほどの男だった。
周囲の探索者達とは明らかに纏う雰囲気が違う。
常に血煙の臭いが付きまとう飢えた狂狼のような男。
高嶺嬢程ではないけど。
俺は勿論、身長180㎝を超えるアレクセイや190㎝越えのプリプリ☆ブラックことアニセすら子供扱いされてしまうほどの巨漢は、値踏みするかのような視線で俺達を見下ろす。
黒髪のドレッドヘアーは頭に巻かれたバンダナにより後ろに流され、ぶかぶかのゴツイ首輪が彼の持つ粗野な印象をより強くさせた。
「知っているだろうが、シウム・イサイアス、エリトリアの探索者だ。
金と魔石さえ貰えば、役に立ってやる」
ぶっきらぼうに告げられたエリトリア風の営業トーク。
それがあまりにも斬新だったせいだろう。
高嶺嬢、白影、公女のお嬢様三人衆は露骨に顔を顰めてドン引きしてらっしゃる。
ここだけ見ればか弱いお嬢様が野卑な獣にビビっているだけだが、実際に戦えば確実に身長2mを軽く超える巨漢が一人、この世からサヨナラバイバイすることになる。
そう思うと飢えた狼のようなこいつもただのチワワ、いや、壊れかけのアイボにしか見えない。
ふふふ、なんだ可愛いじゃないか。
思わず口が吊り上がってしまうよ。
「うわ、気持ちわる!
お前、その顔やめろよ!」
何とも失礼なことを言うエデルトルートは無視するとして、シウムと見つめ合いながらふと俺は考えたね。
スウェーデンのシーラを暗殺したの、コイツじゃない?
モルラハニが言っていた光学迷彩の段ボールを被れば、生放送を見ていたスウェーデン国民ではコイツに気づくことができない。
どんな鍵でも開錠できるピッキングツールなら、根拠地へと繋がる扉すら開けてしまえるんじゃないか?
通常の店売り商品ならともかく、特典で得られた道具だったら次元管理機構謹製の生放送システムや根拠地セキュリティをすり抜けることができても不思議ではない。
状況証拠だけだが、俺の中でシウムのシーラ暗殺容疑がどんどん濃くなっていく。
だけどまだ何もできない。
確定的な証拠がないから。
それにダンジョン戦争中に貴重な特典保持者を人類の内ゲバで失ってしまうのも宜しくない。
例えコイツが人類に対する裏切り行為を働いていたとしても、だ。
危険人物を内に入れたままにしておく危険性もあるが、コイツはモノで釣れる傭兵。
こいつが傭兵になった理由なんざ、どうせ故郷の困窮をどうにかするためとかだろうし、決して操作できない野生の獣ではないのだ。
ならばつまらない個人的感情で貴重な戦力を失う訳にはいかない。
「金払いの良い客なら歓迎だ」
シウムが俺に歩み寄りながら手を差し出してきた。
その瞳は俺と共に来た公女にもインディアンも映しておらず、明確に俺だけを客として見ていた。
こいつは誰が一番金を持っているのかを良く分かっている。
俺はどうやってシウムを使い潰してやろうか考えながら、彼の手を取ろうとして――――
シウムの口端が獰猛に吊り上がった。
マズい……!
俺の戦術的思考が今すぐ手を引けと最速で結論を出す。
しかし、俺の低スペックな肉体では意思に体が追い付かない。
俺が手を引くよりも、シウムが俺の手を握る方が数段速い……!!
…… クソッ!!
「ヘイヘーイ、とりあえずぐんまちゃんから離れて下さーい。
…… それ以上近づけば腕モギモギしちゃいますよ」
気づけば俺の手を掴む寸前、シウムの太い腕が小さな手に掴まれていた。
丸太のように太い黒腕の半分も掴めていない彼女の手は、しかしてミシミシと不気味な音がなるほど強い力で締め付けている。
高嶺嬢の顔がシウムに向いているので俺からは彼女の表情を見ることは叶わない。
しかし、血の気が引いて顔面を恐怖に染めているアレクセイの顔を見れば、彼女が今どのような表情なのかは容易に察することができた。
巻き添えを食ってしまったアレクセイ君はこれからも強く生きて欲しい。
それよりも、なんで高嶺嬢はこんなにおこなの?
「白いの、落ち着くでござる。
こんな所で人類内戦は不味かろう」
「…… でもっ」
「白いの、トモメ殿の立場も考えるでござる」
「……………… 分かりました」
壊れかけのアイボ相手に怒り狂うティラノサウルスにビビりまくっていた俺の代わりとして、見かねた白影が高嶺嬢を止めてくれる。
高嶺嬢は白影としばらくメンチを切り合っていたが、しばらくして頭が冷えたのかシウムの腕からしぶしぶ御手手を離してくれた。
よかった!
ぐんまちゃんはホッとひとあんしんです!
「—————— カトンジツ」
幾層にも重なりあらゆる攻撃から内部の者を守る要塞の装甲、巨大構造物を構成する莫大な建材、分厚い岩盤、膨大な地層。
あらゆるものを貫通し、天へと立ち昇る蒼炎の柱。
顕現は一瞬、されどその余波は莫大。
突如出現した膨大な熱量は周辺の空気を膨張させ、一時的な暴風を巻き起こす。
今にも死にそうな顔で吹き飛ばされるアレクセイが、俺の伸ばした手になんとか捕まる。
「次にふざけた真似をしようとしたら、国ごと燃やすから」
白影の全世界生放送のテロ予告を受けたシウムは、遠い目をしながら黙ってコクリと頷いた。
なして君達怒ってるの?
「おー激しい。
危なかったなぁ兄弟。
あのまま握手していたら、その可愛い手がアッーと言う間に潰されてたぜ」
いつの間にか俺の背後から近付いてきたホモゲイス・シュードーン。
つまりシウムは漫画や映画でよくある握手してギュッてしてイタタタ、凄い力だ! ってのがやりたかったってこと?
ホモゲイスのささやきが俺の鼓膜を凌辱する感触の方が、エリトリア流握手よりも深い傷を俺の心に残してるんですけど!
ああ、それと、エリトリアガールは死んだってさ。
機械兵との突発的戦闘中に踏み潰されたっぽい。
知り合いが死んじゃうのは、寂しいねぇ……
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