第五十八話 下僕妖精

「—— くっ、これでも駄目か!」


 七英雄の一角、ザンビア共和国の男性探索者リリカル☆マジカルが誇る魔道砲撃の直撃。

 小型のフリゲート艦程度ならば撃沈されかねない威力の一撃は、しかして天使達の大型兵器に対して有効打とならなかった。

 

「化物め……!」


 全高20mを超す大型兵器の天辺まで立ち昇った爆炎。

 その中から悠然と姿を現わす金属製の有翼巨人。

 煤で汚れた程度しか変わった点の見当たらない敵を見て、連合大隊の参謀たるボツワナ共和国モルラハニ・モディサゴシが呻く。


「これで七英雄の必殺技は一通り試したことになるな」


 連合大隊大隊長イロコイ連邦タタンカ・ケンドリックが、今なお弾幕を張り続けている前衛部隊を険しい眼つきで眺める。 

 大型兵器と天使1個中隊との会敵から2時間。

 後退しながらも攻撃を続ける連合大隊は大きな損害こそないものの、保有弾薬を着実に消費していた。


「噂に聞く高度魔法世界のガンニョムを撃破できるだけの火力は投入した。

 それにもかかわらず無傷のままなのだから、私達にはこれ以上どうすることもできない」


 モルラハニを始めとする参謀陣が諦めたかのように項垂うなだれる。

 連合大隊の燃料弾薬から考えて、部隊が戦闘継続困難となる残り時間は着々と迫ってきている。

 彼ら第三世界諸国は元々兵站を日仏連合に依存していた。

 日仏の戦線に組み込まれていた時は十分な補給を受けることができたが、独自行動を始めてからはほぼほぼ補給を受けることができていない。


「…… 最早ここまでか。

 一旦、日本軍の戦線まで後退す——」


 タタンカが日仏連合司令部救援を諦めようとしたその時、それまで部隊内の通信しか流れなかった無線機が外部からの通信を受信した。


『こちら自由独立国家共同戦線代表、ルクセンブルク大公国シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソー。

 これより妾達は貴方達と共同戦線を構築致します。

 日仏連合司令部までの旅路、お付き合いしますわ』



 国際標準時2045年7月12日18時2分、自由独立国家共同戦線11ヵ国16名、第三世界諸国連合大隊に合流。

 



【ふわっふ、ふわっふ】


 決死戦の様相を見せ始めた戦場に、場違いなまでにふわっふわな鳴き声が届く。


 探索者達の銃火の音が鳴りやむことは無い。

 天使達の魔法爆撃の音が収まることは無い。

 大型兵器の地鳴りの如き足音が止まることは無い。


 ただただふわっふわな鳴き声の大きさが増していく。


【ふわっふ、ふわっふ、ふわふわふわっふ】


 120㎝程度の小柄な体。

 全身は茶色の毛で覆われており、つぶらな瞳だけが毛皮の隙間から覗いている。

 その手に持つのは小銃、軽機関銃、対戦車ミサイル、迫撃砲。

 連合大隊の探索者達と大して違いは無いが、彼らはそれを数で覆す。

 シャルロット公女が特典の能力で生み出した不思議生物『下僕妖精ブラウニー』は、質よりも量を体現する存在だった。


「ハッピー・ノルウェー草加帝国のスティーアン・ツネサブロー・チョロイソン!!

 助太刀に来たぜ!!!」


「自由独立国家共同戦線は代表シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソー第一大公女殿下の御命令により、これより貴殿らと戦線を共にする!」


 10や20では到底届かない。

 100や200でも足りない。

 1000、2000という数字でようやく納得できるほどの武装した茶色い毛玉集団。

 その最前列で先導する銀髪のマッチョと七三分けの骸骨。


 見た目は完全なる色物軍団。

 しかし、真綿で首を絞められるようにじわじわと追い詰められていった連合大隊にとって、数と言う目に見える戦力を示したルクセンブルク派閥からの援軍は、消えかけていた戦意の火にガソリンをぶちまけた。

 

「さあ皆様、戦争はここからですわよ!」


 装甲車から身を乗り出し、光を放つ豪奢な本を片手に全軍を鼓舞する公女の姿は、猛然と燃える戦意の炎に明確な指針を与えた。


『今こそ反撃の時だ!

 諸君、敵大型兵器に対し全火力を集中せよ!!』


 無線機越しに下されたタタンカからの指令は、全軍の業火を敵に叩きつけんとする。


【ふわぁぁぁ】


 ふわっふわな喚声が戦場音楽と共に轟いた。



 国際標準時2045年7月12日20時25分、新生第三世界諸国連合大隊67ヵ国99名、大型兵器を含む天使1個中隊を撃破。



 国際標準時2045年7月12日22時41分、新生第三世界諸国連合大隊、日仏連合司令部から4㎞地点に到達。



 国際標準時2045年7月13日2時17分、新生第三世界諸国連合大隊、日仏連合司令部から3㎞地点に到達。



 国際標準時2045年7月13日5時59分、新生第三世界諸国連合大隊、日仏連合司令部から2㎞地点に到達。



『諸君、この山頂を超えれば日本軍総司令部だ!』


『あと少しですわ!

 さっさと彼らを救援して、根拠地に帰りましょう!!』


 気づけば開戦から24時間を超えていた。

 しかし、連合大隊は止まらない。

 大地を揺るがす戦場音楽が、肩を並べる戦友が、助けを待つ味方が、彼ら彼女らの戦意に薪をくべ続けた。

 

 そして、国際標準時7月13日7時3分。

 アフリカ連合、島嶼諸国連合、ラテンアメリカ統合連合、自由アジア諸国共同体、新興独立国家協定、汎アルプス=ヒマラヤ共同体、自由独立国家共同戦線からなる新生第三世界諸国連合大隊は、ようやく目標戦域にたどり着く。


 そこで彼らは目にした————

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