第五十七話 人助けに理由が必要かい?

『—— デカい…… デカすぎる……!?

 ガンニョム以上だぞ、コイツ!』


『火力を集中させるんだ!

 デカブツの態勢が整う前に仕留めるしかない!!』


『っ、天使集団出現!

 数はおよそ120、中隊規模よ!!』


『クソッ!!

 なんだってこんな時に……』


『おいおい、俺達の攻撃が効いてないぞ?』


『プリプリ☆ブラックのプリプリ・単色・スクリューも効いてないだとっ。

 なんて硬さだ』


『駄目だ、水兵☆ムーンも捕獲人☆チェリーの攻撃もケロリとしてやがる』


『一旦戦線を後退させる。

 対戦車兵器の準備を急がせろ!』




 無線機越しに聞こえてくる第三世界連合大隊の苦戦を伝える声の数々。

 彼らと敵大型兵器との会敵から1時間、戦闘は未だに続いている。

 幸いにも死者や重傷者は出ていないようだが、大型兵器を含む天使1個中隊との戦況は芳しいものではない。

 地中から出現した敵大型兵器、古代ギリシャ神話にでも登場しそうな腰巻を纏った有翼の巨人は、確実に連合大隊を追い詰めていた。


「浮かない顔だな、姫さん」


 夥しい砲撃で醜く変形された大地の上をガタガタと車体を揺らしながら走行する装甲車。

 地面の起伏を乗り越えるたびに体を揺さぶられ、地面の荒れを吸収するダンパが機能しているかも怪しい武骨な車内。

 妾の対面に座る銀色のソフトモヒカンが特徴的な青年スティーアン・ツネサブロー・チョロイソンが、傍受した各国の無線を聞いている妾にポツリと零した。


「いつもアイツが関わる時はそんな顔だが、今のアンタはアンタらしくねぇな」


 彼は一体何を言っているのだろうか。

 妾は別にどうもしていない。

 ただ日仏連合司令部を救援しようなんて馬鹿げた真似をしている各国の無線を、戦況把握のために聞いているだけだ。

 人類の結束と言う美辞麗句びじれいくに目が眩み、自分達の力を過信した彼らに対し何の感情も抱いていない。


「妾は日仏の救援なんて何とも思っていませんわ」


 スティーアンが愉快気にモヒカンを脈動させる。

 思わず胸に抱える『これで完璧! 次元間紛争介入裁定 完全攻略ガイドブック』を持つ腕に力が入ってしまった。

 

「そうかいそうかい。

 だが、このままで良いのか?」


 くっ…… 確かにこのまま戦況の悪化が進んでしまえば、連合大隊側に致命的な損害…… 死者が出てしまう。

 だけど、それが何だと言うのだ。

 彼らはそういう危険を承知で今の状況に飛び込んだ。

 あのまま膠着した戦線の後方で命令のないまま待機していれば良かったものを……!


「今の状況は彼らが選択した結果ですわ」


 淡々と切り捨てている筈なのに、彼の剥き出しの上腕二頭筋がピキピキと血管を浮き上がらせている。

 生理的に色々と来るものがあり、背筋がぞわっとした。


「そうだな、その通りだ。

 だが、本当に良いのか?」


ガタンッ


 岩でも踏んだのか、車体が大きく上下した。


「彼ら連合大隊と合流して、敵を退けることができて、運良く日仏連合を助けることができて。

 それで何になりますの?


 妾達は日仏が戦線を停止している間に、階層主を撃破しなければなりません。

 そうしなければ妾達が同盟や連合とまともな関係を築くこともできないのよ?」


「ああ、分かっている。

 列強間の権益争いを鎮静化し、ダンジョン戦争に注力させるための必要不可欠な一手だったな」


 嫌な予感がする。

 

「ところで姫さん」


「なんですの?」


「俺は連合大隊の事も、日仏救援の事も、最初からなにも言ってないぜ」


 …………!!!

 卑怯ですわ!


「卑怯ですわ!!」


 話の流れからしても状況から考えても、その二つ以外考えられないじゃない!

 それなのに今更そんなことを言うなんて、彼らしくもない意地の悪さだ。


「クックック、そうは言うがな姫さん。

 いつもは俺の言葉遣いやらアンタへの態度やらを、事細かく小姑のようにネチネチと嫌味交じりに言ってくるウォルが、今回は何も言ってこなかったぜ?」


 妾は反射的に同国の忠臣たるウォルター・アプシルトンを睨みつけた。

 骸骨のようにひょろ長い彼は、頬骨が浮き出た顔を不服そうに固めている。


「スティー、お前に言いたいことは山ほどある。

 だが、今回は後にしてやる」


 妾に対して忠誠を誓い、常に妾を支え護ってきた彼の思わぬ裏切り。

 そう言えば、いつもはスティーアンの会話に茶々を入れてくる他のメンバーも、今は無言のままだ。

 スティーアンもそうだが、彼らは一体何を考えているの!?


「姫様、私は貴女の忠実なる臣でございます。

 なればこそ、貴女の御心に従いましょう」


 ………………


『さっきから聞いてりゃ、姫様の本心はバレバレですよ!』


 並走している別の車両から茶々が入る。


「なあ、姫さん。

 本当はどうしたいんだ?」


 ………………


 妾はおもむろに抱えていた特典の本を開く。

 最初の章にはダンジョン戦争のルール、推移、各ダンジョンの概要など、事細かにこの戦争の詳細が書かれている。

 妾が列強間の権力争いを止めようと決意した理由。


「美しい理想というのは簡単な道ではないものね」


 次の章は『絶対鳴哉神之盾アイギス』。

 自分達が攻略していたダンジョンを、他の勢力に攻略されてしまったことを何度か繰り返していたら手に入れた特典の第二段階。

 何物も侵入を許されない魔法の盾。


「だからこそ歩みがいがあるってもんさ」


「苦難の道を歩もうとする貴女の美しさ、気高さ、正しさに、我々は感動し、共感し、魅せられたのです」


 3つ目の章に記された最初の文字は『下僕小妖ブラウニー』。

 魔界第3層の攻略が完了してから新たに加わった特典の第三段階。


『どんなに辛く苦しい道でも、こんだけの人数で割ればちょっとは楽になるんじゃないですか?』


 視線を上げれば、そこには妾の声を待つ頼もしき臣下の姿。

 うん、お堅く考えるのも馬鹿らしくなっちゃいましたわ。


「人類存亡の危機の中、人助けをするのに理由は必要ないですわね!」


 『これで完璧! 次元間紛争介入裁定 完全攻略ガイドブック』が光を纏った。

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