第四十七話 露骨なミッション目的外交

 赤黒く燃え盛る山々。

 言い合いを続ける探索者達。

 おもむろにマルチディスプレイ式タッチパネルを取り出したトモメ・コウズケ。


 それら全てが光に包みこまれた。


 山火事の炎熱を遥かに超える2500から3000℃の高温が、12気圧に達する高圧の衝撃波と共に延々と燃え続けていた木々を蹂躙する。


 周囲の存在は区別されることなく焼き尽くされ、圧し潰され、粉々に吹き飛んだ。


 一つの山の上半分を呑み込んだ火球は、高熱により生じた上昇気流によってゆっくりと上空に立ち昇る。


 周辺の空気を幾多の塵芥と共に吸い上げた火球は、どす黒い煙となり、柱のように天に向けてそびえ立つ。


 やがて黒煙は頂部にて拡散し、抉り取られた山の上空に巨大なキノコ雲が生まれた。


「——————」


 それまでの喧騒が嘘のように静まり返り、誰もが禍々しいキノコ雲を呆然と見上げている。


 妾、ルクセンブルク大公国第一公女にしてナッサウ公女シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソーもまた、眼前に広がるかつての悲劇の象徴を何も考えられない頭で見上げるしかなかった。


—— ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ


 遅れてやってきた地響きによって、否応なく視界の悪夢が現実であると突きつけられた。


「あっ…… あ、あぁ」


 自分の口から意味にならない音が漏れる。

 何故。

 頭の中にはその文字しか浮かび上がらない。

 

 何故、人類史上最悪の通常兵器と呼ばれている極東の悪夢『NOFEノーフェ』が使用されているのか。

 一体誰が、何のために————


 決まっている。


 あの汚物を作り出した国の人間が、今、妾の隣にいるではないか。

 嘗ての大戦で最も多くの都市を破壊し、最も多くの人々を殺し尽くした最悪の兵器を躊躇ちゅうちょなく使う人間が、今、妾の隣にいるではないか。

 口先では理想を語り、裏では国益の為ならば手段を選ばない人間が、今、妾の隣にいるではないか。


「………… 何故、ですの」


「……」


 先程、妾と話していた時と全く同じ表情の彼。


「何故ですの……?」


「…………」


 彼から返ってくるのは沈黙。


「何故、使ったんですの?」


「………………」


 こちらを向こうともしない彼。


「何故、あんなものをっ!?

 応えて下さいまし……!!」


 彼からは何も返ってこない。

 彼は妾を見てすらいない。

 

 圧し掛かる沈黙。

 草木が燃える焦げ臭さが鼻孔をくすぐる。


 やがて彼は手元のディスプレイを見て、それから妾に体を向けた。

 そして、軽く肩をすくめながら口を開く。


「一発だけなら誤射かもしれない」


「………… はぁ?」


 意味が分からない。

 破綻しかけていたとはいえ、他勢力との会談の真っ只中で史上最大の通常兵器を起爆しておいて、何を言うかと思えば誤射ですって?

 

 気づけば妾は両手で彼に掴みかかっていた。

 何の感情も感じられない濃褐色の双眼がグルリと妾を捕捉する。

 不気味な圧迫感で心が軋む。

 頭に上った血が引き、理性が感情を抑え込んだ。


「貴方、正気ですの?」


 酷く冷静な頭で、彼の思考に疑問を投げかける。

 まともな人間なら多くの人々の神経を逆なでるような暴挙を、わざわざ会談中に行わない。

 そんなことをしでかせば、以後の会談が成り立たなくなってしまう。

 妾は会談を破綻させようとしていたが、彼にとっては会談を破綻させるよりも成功させた方が有益なはず。

 だからこそ分からない。

 このような国際的に不信感を買うような手法を何故とったのか。


 そもそも日仏連合単体でもこのダンジョンの攻略は難しくない。

 今回の会談を開いたのは人類間の味方撃ちへの対策と国際社会への体裁が理由だろう。

 もしくは各国の地下資源に有する利権などに関して、本国から何かしらのミッションが発令されたのかもしれない。


 もしこの会談に見切りをつけたのならば、あのまま何もしなくても諸国は勝手に分裂して会談は有耶無耶なまま流れたことだろう。

 その後に勢力が弱くなった小集団と個別に協定を結べば彼の目的は達成できたはずだ。


「殿下、このダンジョン戦争を勝ち抜くためには、人類は団結せねばならないのです」


「…… はぁ?」


 意味が分からない。

 この男は突然何を言っているんだ。


 トモメ・コウズケの無機質な瞳に映る妾の顔には、気づかない内に不安と怯えが張り付いていた。


「団結こそが人類の力、私はそう信じております」


 彼が周囲の人間にも聞こえるよう、良く通るはっきりした声で心にも無いことをのたまう。

 気づけばNOFEによるキノコ雲を眺めていた探索者達の視線が、妾達のやりとりに集まっていた。


「人々の団結が崩れようとしているならば、私がもう一度繋ぎ直しましょう。

 人類の勝利こそが我が国の最終目的。

 なればこそ、まずは目の前で言い争う国々を宥め、話し、手を取り合わせなければなりません」


 彼の瞳はもう、妾を向いてはいなかった。


「えー、諸君、先程の爆発は我が国による誤爆である。

 繰り返すが、我が国による、誤爆である!

 我が国が保有する数多の攻撃手段の一つが意図せず行使された結果である!!」


 自らの不手際を説明している割には無暗矢鱈に高圧的な言動。

 列強による砲艦外交ほど露骨ではないものの、中小国家にとっては脅迫と何ら変わりない言葉。

 目の前で見せられた自分達との圧倒的な格の違いにより、第三世界諸国の面々に逆らう気概はまるで見られない。


「また今回の会談だが、貴国らの意見も纏まっておらず組織的な会談の続行は難しいと言わざるを得ない。

 よって、今後は我が国独自の基準により選出された主要国との小規模会談に切り替える。


 アフリカ州に属する国々と次に挙げる国家は、我が国との今戦争における二国間条約締結を前提とした会談を行うことを、強く要請する!

 イロコイ連邦、キプロス共和国、トリニダード・トバゴ共和国——」


 次々と名を呼ばれる資源国と政治的、地理的になんらかの価値を持った国々。


 トモメ・コウズケと彼の下に集まる牙を圧し折られた探索者達の姿を見ながら、妾は思った。


 この野郎、ストレートに目標を獲りに行きましたわっ!


 ちなみにルクセンブルクは呼ばれなかった。


 もう条約結んだからって、妾は無視ですのっ!?


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