第四十三話 公女来襲

 問題です。

 目の前に敵がわんさか潜んでいる山火事現場があったらどうしますか?

 なお、航空戦力は使用できません。


 1、機甲戦力を前面に押し出して蹂躙する。

 2、敢えての白兵戦で死地に飛び込む。

 3、砲撃で吹き飛ばす。


 勿論、正解は3の砲撃だ。

 1と2は正直、頭が可笑しい。

 いくら踏破性能の高い多脚戦車でも、森の中では木々が邪魔で十分な機動性は確保できない。

 白兵戦は言わずもがな。

 しかし現実は悲しいことに、各々の利益が為にイカれた選択肢を強硬に主張する輩もいる。

 末期世界第3層でいうと、貧弱な兵站と頼りない兵装で健気に戦う中小国家共がそれだ。


「—— 貴国の提案は横暴である!」


 顔を真っ赤にして怒りを表すイロコイ連邦の男性探索者。

 イロコイ連邦は第三次大戦のどさくさに紛れてアメリカから独立し、2度の首都蒸発によるアメリカの政治的混乱を利用して戦後もちゃっかり存続したインディアンの国家だ。

 地政学的にも国家系譜的にもアメリカのいる人類同盟に加わっていそうなものだが、何故か第三世界諸国に名を連ねている。

 インディアンらしい赤っぽい肌をさらに赤くするイロコイボーイから分かるように、俺達日仏連合が要請した戦闘地帯からの退避は、彼らの怒りを盛大に大人買いしたらしい。


「この地は元々、我らが攻略していた土地。

 後から参戦した貴国による一方的な戦域からの撤退要求は、散っていった戦友や困窮する祖国の為にも到底受け入れられない!」


 イロコイボーイが力強く言い切れば、それに同意するように彼と肩を並べる第三世界諸国の探索者達が俺を鋭く睨みつけてくる。

 国力が小さい故に、幾つもの死線を己が身一つで潜り抜けてきた彼らからの敵意を含んだ視線は、物理的な圧力さえ伴っているかのようだ。


 末期世界で砲撃戦をするために、俺達日仏連合は第三世界諸国と会談を開いたわけだが、ものの見事に紛糾していた。

 あれれー?

 おかしいぞー?


 てっきり媚びてくるかとばかり思っていたので、予想外の反応にぐんまちゃんビックリ!


「我が国はなにも貴国らに戦闘を放棄せよと言っている訳ではない」


「そう言っているではないか!」


「言っていない。

 現在行われている危険が高く非効率な白兵戦術を中止し、危険が少なく敵に打撃を与えやすい砲撃戦に切り替えると言っているだけだ」


「っ! それこそ我らにとって戦いを放棄するようなもの。

 我らには大量の砲と弾のどちらも無いのだ!!」


 金がない。

 思惑はどうあれ極論を言えば、彼らの主張はこの一言に尽きる。

 彼らが行っている白兵戦を主体とした戦闘は、危険が高く効率も悪いが何より安上がりだ。

 戦闘のたびに摩耗する防具、回復に使うポーション代、湯水の如く消費される歩兵用の弾薬、それら全ての費用を合わせても10億円を超えることは無い。


 一方、砲撃戦なんてものをやらかせば、数門の野戦砲、それらへの給弾システム、着弾地点の観測システム、機器類の点検整備システム、燃料弾薬代等の莫大な費用を費やす必要がある。

 どれほど安価な野戦砲でも、根拠地の武器屋で新品を購入すれば1門あたり2億は下らない。

 そんな大金をすぐに用意しろなんざ、彼ら小国にとって無理難題と言わざるを得ないだろう。

 

「確かに日本が提案する戦術は我らのものより効率的だ。危険も遥かに少ない。

 だがっ、我らには貴国のように大量の砲とそれらを十全に運用できる弾薬や補助設備を揃え続ける国力が無いのだ」


 第三世界諸国の一つ、ボツワナ共和国の探索者が俺の提案に理解を示しつつも拒絶する。

 かつてはアフリカの優等生と呼ばれ、中堅国家に届くほどの工業力を誇ったボツワナ。

 それが第三次大戦で周辺国に全てを奪われ、戦後20年が経った今でもその傷跡を癒せていない。

 そんな有様にも拘らず、復讐ではなく協調を選び、再び周辺国と手を取り合って同じ戦線で肩を並べている。


「しかし——」


「そう、貴国は投じた費用なぞ戦闘後に回収される資源によって容易に回収できると言う。

 だが、それは何万、何十万tもの資源を活用しきることのできる列強の言い分だ。

 我ら小国にそのような工業力は無い」


「ギルドミッションで他国から物資と交換しようにも、量的制限のあるミッション報酬ではこちらが供出する資源に対して得られるものが少なすぎる。

 国民に還元することもできない。


 そんなことを我らが…… 祖国の同胞たちが納得なぞ到底出来んわ」


 キプロス共和国とトリニダード・トバコ共和国の探索者達が口々に理由を言う。

 両国とも第三次大戦前までは同盟側に属していたが、大戦中か戦後に距離を取った国々だ。

 どちらの国もボツワナ同様、大戦前まではそれなりの工業力を持っていたのに、大戦によって国土が荒廃している。


 こうしてみると、第三次大戦は本当に碌でもない。

 まあ、そんな惨事で莫大な利益を上げた吸血国家こそ我らが祖国なのだけども。


「貴国らの言い分は分かった。

 しかし、だからと言って我が国が貴国らと共に非効率で危険な戦術を採る理由にはならない。

 戦闘地域の区別化など、別の方法でこの問題を解決できないだろうか?」


 我が国による第三世界諸国への物資支援という選択肢もあるが、乞食にタダ飯を恵んでやる趣味は持っていない。

 それに今も俺へ敵対的な視線を送るこいつらは、こちらが支援した所で大人しく従属してくれることは無いだろう。

 国際裁判の時みたいに武力で一時的に従わせることもできるが、依頼内容がサクラ役程度だったあの時と今回では状況が違い過ぎる。


「それこそ道理が通らない。

 ここ末期世界第3層は元々我らが戦場。

 何故、我らが貴国のために戦場を明け渡さねばならん?

 そのようなこと、散っていった戦友や我が祖国の為にも到底受け入れられんわ!」


 そう言って探索者達は目を見開きながら覇気を漲らせる。

 やたらと暑苦しい雰囲気と図らずも話が振り出しへ戻ったことに、俺は思わず辟易した。

 このままだと下手をしなくとも会談はずるずると長引き、第三世界諸国が焦れて交渉は破綻してしまう。

 各国に生放送されている以上、まさか彼らごと戦場を耕すわけにもいかないし。


 なんとかこの状況を打破する切っ掛けが欲しい。

 そう思った瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。

 

「—— オホホホホ!」


 突然、聞き覚えのあるドリル髪っぽい声が耳に突き刺さる。

 イロコイボーイ達の仏頂面が面倒臭そうに歪んだ。


「トモメ・コウズケ、今回の交渉は苦労しているようね!」


 俺を馬鹿にする気配を隠しもしない声の主は、背後に銀髪モヒカンと七三ひょろ骸骨の取り巻きを従えて颯爽と登場する。


 久々に見たツネサブローで俺の心はほっこりさんだ!


「ざまあみなさい!」


 俺の視界からツネサブローを隠すように、ルクセンブルク大公国第一公女シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソーは、歯茎を剥き出しにしながら俺を罵倒した。


 うっわ、面倒臭いのが来やがった!

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