第二十七話 ヤンキー訛りな委員長

 遠くから聞こえてくる爆発音。

 それに紛れて沢山の足が雪を踏みしめる音。

 周囲の雪は延々と続く残響を吸い込み、耳に入るそれらの音はあっという間に消えて行く。


 灰色の空は白く濁り、降り始めてきた雪が身動きのできない身体に積もる。

 時折強い風が死臭に満ちた市街を通り抜ければ、ヘルメットから雪が零れ、硝煙臭さが鼻についた。


 脳髄を侵食する悪臭がどれほど強くなろうと、心はもう何も感じない。

 それは俺の嗅覚が麻痺してしまったのか、それとも精神が消耗してしまったのか。


『———— まさか敵の突破力がここまでとは』


『ああ、司令部も想定外で慌ててる』


『これだとあの作戦も随分と早まるな』


『本当ならもう少し機を待ちたかったが————』


 耳を澄ませば、銃火の音に紛れて敵兵が話す異世界の言語を聞き取ることができる。

 残念ながら理解することはできず、ただの雑音に過ぎない。

 だが、それでも互いの距離を測る目安にはなった。

 心臓の鼓動が否応なしに速まり、冷え切った身体の温度が僅かに上昇する。


 上がった体温で溶けた雪水が手袋に浸透し、28式6.8㎜小銃のカーボン製グリップを握る手がかじかんだ。

 ダットサイトのカバーは外され、銃の安全装置は連射を指している。

 今すぐ指をかけたままの引き金を引き、目の前を横切ろうとする敵兵を薙ぎ倒したい。

 寒さに負けて理性を手放そうとする軟弱な肉体。

 それを精神で無理やり押さえつけた。


「………… ステンバーイ」


 俺のはやる身体を牽制するように、冷徹な声でささやかれた。

 隣で同じようにじっと息をひそめる『槍使いの美少女(委員長)』。

 その手にはあの禍々しいショッキングピンクの魔槍は無く、人類同盟の主力小銃となっているHK577アサルトライフルが握られている。

 HK577はドイツ連邦共和国が2040年に開発した世界最優と名高い主力小銃。

 5.56㎜×45㎜NATO弾を使用し、装弾数は30発。

 カーボン素材を多用した本体は軽量でありながらも、射撃時の反動を抑えることで精密性も両立されている。

 日本が誇る28式小銃も良い銃ではあるのだが、もう開発されて20年近く経つ老兵だ。

 客観的な評価では、HK577には精密性以外で勝っている部分はない。


『—— 南区の司令部もやはり?』


『敵の兵力に余裕ができたようだ』


『日に日に圧力が強まってるのか』


『恐らく北と南、両方の司令部で——』


 目の前を横切る色褪いろあせたカーキ色の集団。

 その体には俺達ほどではないにしろ薄汚れた雪が張り付いている。

 彼我の距離は、足音どころか衣擦れの音すら聞こえてきそうなほど近い。

 心臓の鼓動がけたたましく高鳴る。

 腕が僅かに震え出すのを、なけなしの筋力を使って固定した。


「…… ステンバーイ」


 委員長の言葉が俺の興奮を一時的に冷ます。

 右手を強く握れば、世界中のあらゆる戦場で顧客に安心と信頼を提供してきたMade In Japanが、熟成された殺意を伝えてくれる。

 3つに分裂した中華大陸で膨大な血を大地に振り撒いた老兵は、緊張する素人をじんわりと諭す。

 頼む、辛抱しろよ。

 自分の身体に言い聞かせれば、自然と腕の震えが弱まった。


『———— 巨大なトーチカ』


『閉じ込め ————』


 敵の数は1個小隊24名。

 通信用の魔道具を抱えた兵士は1名のみ。

 アレを殺れば、俺達の情報が広まることを防げる。


『———— 敵の——』


 あと4人。


 慎重に周囲を警戒しながら通り過ぎていく。


 あと3人。


『対抗し ————』


 あと2人。


 遠くの方で轟音と共に打ち上げられた高射砲塔に敵の視線が集中する。


 あと1人。


 敵が通り過ぎ、俺達の眼前に背中を晒した。



「…… ゴゥッッッ!」



 常に冷静な委員長が発する怒声。

 思考する間もなく、身体が反射で動いた。


 同じように動き出す気配が俺の近くで連続する。


 一気に振り落とされる雪。


 脇道、瓦礫の隙間、建物の穴。

 至る所から人型が飛び出てくる。


 敵が俺達の動いた気配に気づくも、最早後の祭りであり、その時には既にこちらの射撃体勢は完了していた。


 驚愕と恐怖の感情を浮かべた敵兵の青白い顔が良く見える。

 その見た目は耳や体毛を除いて人間とほとんど変わらない。


 もはや見慣れてしまった俺達人類の敵。


 敵が銃口を俺達に向けるより遥かに速く、俺は自分の人差し指を引いた。

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