第二十話 とある兵士の夢
全てを包み込む闇に呑まれた夜の市街。
空は分厚い雲がかかっていて、星の明かりすら地上には届かない。
灯火管制が敷かれている中、無暗に光源を使うわけにもいかず、人力の魔術で足元を僅かに照らす古典的な手法をとるしかなかった。
「音が止んでしばらく経つな」
「ああ」
土と火薬で汚れた雪を踏みしめる音だけが響く。
俺が属する分隊12名は、先程まで市街中で聞こえた飛行音の正体を探るべく、北区にあるトラクター工場までやってきていた。
基地の対空警戒網からは何の報告もないため、敵、異世界人の無人兵器による空襲とは考え辛いが、何らかの工作を行っている可能性もある。
「……ん?」
分隊で俺とバディを組む相棒が、何かに気づいて立ち止まった。
飛行音の正体に関する手がかりでも見つけたか?
「何かあったか?」
手に持った小銃の安全装置を外す。
引き金を引けば、銃口からいつでも貫通魔術が放たれる。
「いや」
相棒は小銃を持ち直しながら、あたりをゆっくり見渡した。
何気ない工場の壁や配管が不気味な空気を纏っている。
「気のせいだ」
「脅かすなよ」
自分の緊張を誤魔化すように、相棒の肩を軽く小突く。
安全装置を戻して俺達の分隊は再び歩き始めた。
不意に回りが明るくなる。
照らされた方向、南の空に顔を向ければ、曇天の夜空を数発の火の玉が西から東に流れてゆく。
キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………
やや遅れて独特の飛翔音が夜の静寂を切り裂いた。
生物の不安を掻き立てる独特の音。
異世界人が用いる火薬推進方式の飛翔砲弾だ。
やがて南の方で数発の爆発音が上がった。
「いつもの定期便か」
味方が攻撃されているというのに、相棒の声は酷く平坦なもの。
毎日朝昼晩関係なく繰り返される砲撃。
たかが数発ではたいした被害は出ないものの、こうも続けば兵士の感覚を麻痺させ狂わせる毒となる。
しばらくすると今度は逆側から甲高い砲撃音が発生した。
自軍がお返しとばかりに、魔道砲撃を数発連続で撃ち返す。
こちらの攻撃も小規模なもので、嫌がらせの域は出ない。
「この戦場に来る前、兄貴に言われたんだ。
戦場は映画館でジュース片手に眺めているものとは大違いだってな」
「…… そりゃあそうだ。
戦場に主人公なんざいねぇし、登場人物は少し目を離せばミンチになってやがる」
糞ったれな戦場だ。
唯一の慰めは街に民間人がいないことだけ。
それだけが救いだった。
しばらく、分隊の歩く音だけが聞こえ続ける。
恐ろしいほどの静寂。
「なあ相棒」
「なんだ相棒」
傍らを歩く相棒の息遣いがやけに頭に残る。
「これから先、どうなるんだろうな」
「どうした突然?」
久しく耳にしなかった未来の話。
この地獄では皆が今を生きるのに必死で、過去を思い出して自らを慰めるだけだった。
「いや、悪い、忘れてくれ」
相棒の気まずそうな声。
「…… 奴らを残らず駆除したら、俺達は故郷に帰って年金貰いながら適当な食い物屋を開く」
「えっ」
「そこそこの女と結婚して、子供ができて、お互いがいい歳になったら店を閉める。
それからは日向ぼっこしながら死ぬまで毎日延々と、糞みたいな昔話で時間を潰すのさ」
「………… そりゃあ、良いな」
「だろ?」
「ああ、老後は暖かい地方で過ごせたらもっと良い」
「はっ、店の評判次第だな」
何の根拠もない、戦場を歩きながら適当に考えた未来の話。
お互い、明日生きているのかも分からぬ身の上で、よくもこんな能天気な話ができたもんだ。
だが、それでも、そんなくだらない話が、堪らなく心地よかった。
「ところで相棒」
「どうした相棒?」
「他の奴らの足音がさっきから聞こえないんだが」
えっ?
『ニンニン』
戦場に場違いな、鈴のように可憐な女の声。
「あっ」
ズレ堕ちる視界。
首のない相棒の身体。
とすん
土と雪で汚れた相棒の首が一瞬見え、次に分厚い雲が視界を覆う。
『これで付近の敵は一掃できた。
従者共の手伝いにでも行くとしよう』
闇に浮かぶ二つの蒼い宝石。
それを最後に、俺の意識は途切れた。
「———— むっ」
盛大な死亡フラグが立って即座に回収された気がする。
今頃は付近の敵兵を掃討している白影が、敵兵の立てたフラグを回収しているのだろうか?
「?」
隣の席に座る美少年2号が俺の声に反応した。
発動機も主電源も停止させたUH-3多目的ヘリコプターの操縦席。
外部の気温は氷点下を下回るが、優れた気密性を有する機体は、暖房をつけていなくとも
辺り一面を暗闇と静寂に包まれているが、俺の視界に映る索敵レーダーは、半径120mに敵影がないことを常に教えてくれる。
時折、人類同盟と高度魔法世界の陣地間で砲火が飛び交うものの、それ以外は至って平和なこの場所は、戦場の中心からやや外れた市街地にある工場の敷地内。
俺と美少年2号は、高嶺嬢や白影達が工場からめぼしい魔道機器を拾ってくる間、機内で大人しくお留守番をしている。
敵はもちろん同盟にも内緒の今回の任務。
当たり前だが、隠密と情報秘匿が第一。
派遣チームには、できる限り高度な技術が使われていそうな魔道機器の回収を指示した。
なんでもかんでもハイテクの一言で済ませる高嶺嬢は不安だが、そこは白影と従者ロボが上手いことフォローするだろう。
「おっ、帰ってきたか」
索敵レーダーに映る青い光点。
反応のあった方向を暗視スコープで見れば、大きな荷物を抱えた数人の人影。
どうやら無事にお目当ての物を収穫できたみたいだな。
「よし、離陸準備だ。
あいつらを回収してさっさと拠点に帰ろう」
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