第十五話 鉄臭いファーストキス

「うん、やっぱり拠点が一番だな」


 4日ぶりに帰ってきた拠点。

 その食堂で食後の緑茶を啜りながら、快適な空間で身を落ち着ける。


「…………」


 野営続きで疲労が溜まっていたのか、白影は夕食を食べ終えると長居をせずに自分の拠点に戻っていった。

 かくいう俺も慣れない野営で身体の節々が重い。

 一方、従者ロボ達は機械故に疲労なんて関係ないと言わんばかりに、特典で新規に加入した2体を加えていつもの如くテーブルゲームに興じている。


「今度は何をやってるんだろうな?」


「…………」


 16体と大人数になった彼らの座る席を見れば、トランプやボードゲームなどをやっている一角で、何やら見たこともないカードゲームがテーブルに並んでいた。

 良く見てみれば、見覚えのある人間やモンスターなど様々なキャラが描かれたカードが、山岳や草原、荒野などのフィールドに配置されている。


「…… ダンジョン戦争トレーディングカードゲーム?」


「…………」


 嫌に聞き覚えのある単語。

 墓地と書かれたゾーンにあるカードを一枚とって見れば、描かれているのはガンニョムの機体を背景に筋骨隆々のドイツ人。

 名前欄には『自称ガンニョム フレデリック・エルツベルガー』。

 攻撃力は3000防御力も3000、特殊能力はない。


 なぁにこれぇ。


 明らかに俺達のダンジョン戦争を題材にしているカード。

 日本企業の商魂逞しょうこんたくましさに戦慄したよ。


 俺が見ている間にも、美少女1号が『初日のビビり通していた上野群馬』というカードを墓地に置く代わりに、『朱く染まる高嶺嬢』という凄いキラキラしたカードを召喚する。

 どうやら俺は高嶺嬢の生贄にされたようだ。

 こらこら、それっておかしくないかな?


 フィールド上で無双しだした美少女1号を後目に、俺は拠点に帰ってきてからずっと無言を通している困ったちゃんに正対する。

 

「…………!」


 俺の身体が自分を向いたことで僅かに反応したものの、相も変わらず無言でこちらを睨んでいる高嶺嬢。

 原因は勿論分かっている。

 高嶺嬢が階層ボスを刈ってきた時、俺と白影が寄り添っていたことだろう。


 元々高嶺嬢は独占欲が強い傾向にあった。

 俺が自分以外の女性と接する機会があれば表情が固まるし、俺と白影が話している時は目がちょっと怖くなる。

 この環境でたった一人の同胞だとか1カ月以上連れ添ってきたとか、俺に執着する動機はいくつか思いつく。

 彼女の年齢を考えれば、仕方ないことだと納得もできる。


 そんな彼女からしてみれば、自分が苦労…… はしてないかもしれないが、一人でボスと戦い帰ってみれば、唯一の相棒が他国の女と寄り添っていたのだ。

 なんという寝取られ展開!

 そりゃあ怒る。

 俺でも怒るし、誰でも怒る。


 今回の件は明らかな俺の気配り不足。

 紛うことなき失態と言って良い。

 このまま高嶺嬢の機嫌を損ねたままという訳にはいかないし、なんとかして彼女の機嫌を取り戻さなくてはならない。

 もう慣れてきたとはいえ、この娘は巨大な化物や金属生命体を素手で容易く引き千切るバーサーカー。

 間違っても粗雑に扱って良い代物ではない。


「あー、その、高嶺嬢?」


「…………」


 俺が躊躇いがちに話しかけるも、ぷいっと擬音がつくように顔を逸らされてしまう。

 彼女の頬は口から火を噴く3秒前かのように膨らんでおり、私は怒ってますアピールを露骨に主張している。

 しかし、そんな彼女が座っている位置は俺の隣。

 高嶺嬢って、かまってちゃんな所あるよね。


「えー、なんというか……」


「…………」


 とはいえ、このままでは今後の探索はもとより、下手にこじらされては俺の命にもかかわる。

 だからと言って、こんな状況の経験なんて俺にはほとんどない。

 正直なところ、ほとほと困り果ててしまった。


「うーん、なんて言えば良いのか、弁めぃ——」


「—— ぐんまちゃんは」


 俺がヘタレているのに我慢できなくなったのか、高嶺嬢が俺の言葉を遮る。

 彼女の釣り目がちな褐色の双眼が俺を真直ぐに射抜く。

 契情けいせいと称せる美貌は、悲哀と苦痛が綯交ないまぜになっていた。


「ぐんまちゃんはっ!!」


 高嶺嬢の激高。

 普段は透き通ってしまいそうなほどの白い肌は紅潮し、双眼が潤みを帯びた。

 隣のテーブルの従者ロボ達は、手を止めてワクワクしながら俺達を眺めている。

 ゲームやってろよ、お前ら!


「本当に、何にも…… 分かって、ないです」


「…… 高嶺嬢」


「すみません。

 ぐんまちゃんにとっては…… あなたにとっては、理不尽なことを言っているのは、分かっています」


 後ろめたそうに、まるで本当に言いたいことを言えないかのように、目を伏せる高嶺嬢。

 彼女からは見えないことを良いことに、従者ロボがやんややんやと無言で俺を煽る。

 

「あなたはきっと、私がただ拗ねているだけだと思っているんでしょうね」


 彼女の表情に浮かぶのは寂しさか、それとも悲しさなのか、俺には判断がつかない。

 従者ロボからはブーイングの嵐。


「でも、それだけじゃないんですよ?

 私はあなたみたいに難しいことを沢山考えることはできませんが、それでも、色々考えているんですよ!?」

 

 苦しさともどかしさ。

 彼女が本当に言いたいことはなんだ?


「あなたに黒いのが抱き着いているところを見た瞬間、私、とても悲しかったです!!!

 悔しかったです!!

 苦しかったです!

 寂しかったです。


 …… 辛かったです」


 今まで感じ、耐え、溜めてきた感情の発露。

 彼女の大きな瞳からポロポロとしずくが零れ落ちる。

 従者ロボが俺に何か行動しろと、思い思いのジェスチャーで指示を送ってきた。

 俺に対し抱き着くようにジェスチャーしていた美少年1号が、美少女1号に何故かアイアンクローを決められる。


「私だって…… こんな気持ち、初めてで…… 良く、分かりません」


 彼女自身ですら、本心を把握しきれていない。

 おそらく彼女と付き合ってきた1カ月の間に、そのヒントは幾つもあるはずだ。

 考えろ、思い出せ。


「でも、でも、あなたには、分かっていて欲しいんです……!」


 従者ロボ達が一斉に抱き着けと指示する。

 荒れ狂う美少女1号には、美少年1~4号が身を挺して抑え込んでいた。


「ぐんまちゃん」


 涙に濡れた顔。

 しかし、その双眼には強い意志が秘められ、俺の目を真直ぐ見つめている。

 従者ロボ達のジェスチャーが激しくなるものの、彼女の目から視線を外せない俺には何が起きているのか分からない。


「ぐんまちゃん……」


 彼女の手が俺の肩にそっと置かれる。

 少し身をよじれば容易く振り払えるほどの、か弱い拘束。

 だが俺には振り払うことができない。


「…………」


 ゆっくりと、しかし確実に近寄る儚い美貌。

 外野の騒がしさが、耳に入ってこない。


 高嶺嬢のまぶたがゆっくりと落ちる。

 

 視界に映る彼女の顔がどんどん大きくなっていき、そして————


 


「キャッ!?」


 俺の視界が、銀色のメタリックボディーで埋め尽くされた。


 赤く光る2つの光学センサーと目が逢う。

 

 少し目線をずらせば美少年1号の文字。


 ファーストキスは、鉄臭かった。



「わ、わわ、私、何をやって——っ!!!?」



 正気を取り戻した様子の高嶺嬢。



「ああ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?

 ご、ごめんなさい、私、もう寝ますね!!」



 顔どころか首まで茹で上がった高嶺嬢は、脱兎の如く逃げ出した。



 何が起きたのかは分からない。

 ただ、これだけは言っておきたい。


 

「男同士はノーカンだからな」

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