第十一話 一之太刀

 それは神話と科学が複雑に絡み合った、幻想的であり、末世的でもある光景だった。


 空を縦横無尽に飛翔し、地獄の業火を連想させる巨大な炎を吐く赤いドラゴン。

 体長は10mを優に超え、50mに届きそうなほどの巨躯。

 その姿は正に大空の王者と呼ぶに相応しい幻想種としての頂点。


 対するは現代科学が作り上げた回転翼機。

 幾多の武装が詰め込まれた攻撃ヘリは、4機の群れでもって大空の王者に対抗する。

 4機の攻撃ヘリが織り成す曳光弾と誘導弾の軌跡は、あらゆるものを引き裂く科学技術の剣。


 黒々と自身の存在を強烈に主張する5つのキノコ雲を背景に、幻想と技術が互いの生存をかけて行われる破滅の輪舞ろんど

 その光景に目と心を奪われると同時に、私の中で耐えようのない恐怖と諦観が侵食する。

 自分の肩に背負っている唯一無二の愛銃が、ずっしりと肩にかかる重みを無視するかのように酷く軽い。

 この軽さの、なんと頼りないことか。


「…… 悲観している顔だな」


 不意に、声がかけられる。

 不思議と落ち着き、思考が晴れた。

 思わず顔を向ければ、ここしばらくずっと自分達の支えになってきた御仁おひと


「自分には手の届かない景色、そう思っているのか?」


 自身の心を貫く、鋭い言葉。

 僅かに肩が跳ねる。


「それはただの思い違いだ。

 あのヘリはUH-2、20年近く前に我が国で開発された多目的回転翼機。

 第三次大戦後に開発されたヘリとしては傑作の部類だが、いささか旧式化している」


 もう我が国では退役が始まっているよ。

 そう告げた彼の顔には、何の感慨も浮かんでいない。

 ただあるがままの事実を伝えている、そのことをありありと示していた。


「旧式機とそれを4機集めれば対抗できるドラゴン。

 所詮はその程度の戦いだ」


 彼はその言葉で締めくくると、もう話は終わったとばかりに私から意識を逸らした。

 勝手に話を始め、私の返答も気にすることなく話を終わらせた彼。

 だが、もう私の心に見当違いな負い目は無かった。


「そうですね…… そうですよね……!

 私にだって、あんな戦い、できます」


 彼はもう私に気を向けていないのだろうが、それでも、私は決意する。

 私の言葉を聞いても前を向いたままの彼。

 日本国の探索者、トモメ・コウズケ。

 そんな彼の頬は、僅かに吊り上がっていた。







 どうしよう、中々ピンチにならないんだけど?


 俺はもう双眼鏡すら要らないほど、近くの空域で繰り広げられているヘリとドラゴンの空中戦を呆然と眺める。

 戦闘の流れでだんだんと俺達が隠れている高地へと寄ってきてしまった両者。

 戦闘ヘリの編隊は、ドラゴンの攻撃を意味不明な光の盾で危なげなく防ぎ、反撃とばかりにガンポッドや対空ミサイルで、チマチマとドラゴンの表皮を削り取る。

 一見、どちらも決定打を与えられていないように見えるが、よく見ればドラゴンの巨体は所々肉が抉れており、確実にダメージを負っていた。

 このまま何事もなく戦闘が終始すれば、ルクセンブルクの勝利は揺らがないだろう。

 

 端的に言って、宜しくない流れだ。

 ギリギリのピンチに陥るまで静観し、相手が絶体絶命の中で取引を持ち掛ける俺の魂胆。

 それがボロボロと砂上の楼閣のように崩壊していく。

 クソッ、このままじゃ発令された2つのミッション、そのどちらも達成できないぞ!?

 ああ、こんな事なら燃料気化爆弾を全部起爆させずに、1発くらい残しておくんだった!


 自分の浅慮を悔やむが、今はダラダラとそんなことやってる暇はない。

 こうしている時間にも、ドラゴンは刻一刻と敗北への道を辿っている。

 ヤバいぞ、おい!

 何か手を打たなきゃ!?

 このままでは…… このままではっ…………

 

「—— ぐんまちゃん!」


 うぉっ!?

 突然かけられた高嶺嬢の声。

 必死に打開策を探していた思考を強制的に遮断させられる。


「むぅぅ……!」


 高嶺嬢を見れば、頬を膨らませて何やらご立腹の様子。

 昨夜の夜襲での返り血は洗い流しているのでまだマシだが、それでも彼女が怒りをたたえている様は、長らくビビリを忘れ平和ボケしていた俺に本能的な恐怖を思い出させる。

 何か君のかんさわるようなことしましたか?


「どうした、高嶺嬢」


 なるべく平静に、自分の中の恐怖を悟られないよう、言葉を返す。

 あんまり睨まないで、ぐんまちゃん、ふるえちゃう!


「もぅ、何を悩んでるんですか!?」


 君への恐怖だよ。


「何のことだ?

 俺はただ彼らの戦いを見守っていただけ。

 ドラゴンと戦う彼らに対して、何もしてやれない自分の無力感を感じてはいたが、悩んでいた訳ではないよ」


 本当はドラゴンさんを応援していたけど、国民の目がある中でそんな本音を言う訳にはいかない。

 本音と建て前って大事よね!

 だから怒りを鎮めてくれ!!


「ぐんまちゃんは、そうやっていつも小難しいことを並べて、私を誤魔化します!」


 さっきの言葉は小難しかったのかい?


『…… さっきのトモメさんの言葉って難しかったか?』


『えっ、なんて言ってたの?

 私、日本語は分からないから……』


『俺はただルクセンブルクとドラゴンの戦いを見守っていた、援護してやれないことが悔しい、でも悩んでないよ、と言っていた』


『全然難しくないでしょ!』


『だよな!』

 

 俺と高嶺嬢の会話は日本語で行っているのだが、外野の中に日本語が分かる人物がいたのか、俺達の会話について意見を交わしている。

 気が散るから、さり気なく教養を見せつけないで欲しいものだ。


「ぐんまちゃん、本当は何か悩みがあるんですよね?」


「…… えっ?」


 おっと、気が散って高嶺嬢の言葉に反応が遅れちまった!


「私はぐんまちゃんみたいに、計算高いことは考えられません……」


 おいこら、全国民の前で人聞きの悪いことは止めなさい。


「でも、私はそんなに頼りないですか!!?


 私だとぐんまちゃんの役に立てないんですか!?


 私、役立たずですか……?」


 いいえ、ヒト型決戦兵器の君は強力過ぎて————


 条件反射で茶化しそうになる内心だが、高嶺嬢の本気で沈み込んでいる表情に思わず気持ちが止まる。

 その顔に人類最強の終末兵器たる面影はなく、ただの思い悩む少女でしかなかった。


 ………… もしかして、最近、戦闘以外では白影ばかり頼っていたことを気にしてた?


 俺としては、高嶺嬢と白影に対して平等に接していたつもりだ。

 しかし、思い返してみれば、確かに陣地の設営、偵察、陽動など白影を多用していた。

 今だって、対ルクセンブルク工作に派遣しているのは白影だ。



 ……………………



「高嶺嬢」



 俺を真直ぐに見つめるパッチリした釣り目がちな瞳。



「はい」



 怜悧でありながら、可憐さを纏う美貌の少女は、俺から決して目を逸らさない。



「4機のヘリと1頭のドラゴン。

 我々の戦闘空域に何の通達もなく侵入した異物を排除したい。

 できる限り圧倒し、周辺に破壊を振り撒いて、なおかつヘリには傷つけず」



 戦闘の余波で起こった風が、光り輝く絹のような黒い長髪をなびかせる。



「はい」



 誘導弾の爆炎が、炎の息吹が、シミ1つなく白磁のように白い肌を赤く照らす。



「矛盾していて難しいことだ。

 できるか?」



 彼女の内心を示すかのように、純白の頬に赤みが差した。

 赤く。


 紅く!



 緋く!!



 朱く!!!




「はい!!!」



 穢れ1つない聖白の外套から、護国の大太刀が抜き放たれる。

 


天之時てんのとき



 天高く掲げられた刃先が、空に輝く太陽を反射する。



地之利ちのり



 清廉なる朱光を白銀の刀身が纏う。



人之和ひとのわ



 隠密を捨てた光景に、戦っていた者達に気づかれる。



是則これすなわち



 奇妙な戦場の空白、戦場から音が消え、全てが停止する。




一之太刀いちのたち




 刹那の時。


 大空を——


 大地を————



 世界を——————




 朱い光跡が———————— 斬り裂いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る