第五十二話 利権会議とBoys, be ambitious.
敵空中拠点への攻撃作戦における人類同盟の生命線、前線基地兵站倉庫への奇襲は、付近を偶然通りがかったフランス探索者アルベルティーヌ・イザベラ・メアリー・シュバリィーによって阻止することができた。
この奇襲により小さくない混乱も発生したが、同盟の指導者エデルトルート・ヴァルブルクは作戦の続行を決断。
日を跨いでも続けられた作戦で、無人機による大規模な攻撃隊を8派、延べ600機を超える航空攻撃を行った。
この攻撃により人類同盟は今回持ち込んだ航空戦力の半分を喪失、兵站備蓄はそのほとんどを使い果たす。
しかし、その対価として敵航空戦力を撃滅、空中拠点を陥落せしめた。
一方、末期世界第2層攻略戦へ介入を図った国際連合と日仏連合だが、こちらの戦績には目を見張るようなものはなかった。
唯一の戦果と言えば、人類同盟前線基地への奇襲阻止戦闘における100体程度の敵集団掃討のみ。
機甲戦力を主力とする国際連合、決戦兵器による蹂躙戦と隠密能力を活かしたゲリラ戦の両輪戦術を駆使する日仏連合。
両勢力ともに地上戦が主体であり、航空作戦が主な攻撃手段となる末期世界第2層では、文字通り手も足も出なかったのだ。
単独で航空拠点を建設するための時間を持てなかった連合と日仏は、同盟が着実に戦果を拡大していく様子を見ていることしかできなかった。
2045年6月11日、ダンジョン戦争開戦から27日目。
様々な思惑が複雑に絡み合う中、全てのダンジョン世界における第2層が攻略された。
国際裁判における苦々しい結果から一応の挽回をみせた人類同盟。
同盟の復権を快く思わない国際連合。
二大勢力が互いを牽制し合う中、不気味に策動する第三世界各国。
元気一杯、唯我独尊、チーム日本。
人類国家の有力派閥、その代表者達は第3層の攻略を開始する前に会議を開催した。
利権、権益、実利———— 祖国からの突き上げもあり、代表者達は派閥組織としての欲望をむき出しにする。
「人類同盟は第3層攻略において機械帝国の攻略権を要求する」
60ヵ国が加盟する人類の最大勢力、人類同盟の指導者エデルトルート・ヴァルブルクが寝言をほざく。
先の戦いでは他勢力に対する戦略的優位を見せつけた形になったとはいえ、階層攻略に要した期間は4つの世界で最長。
とてもではないが攻略の優先的選択権が与えられるほどの戦果は出ていない。
「はっ、面皮の厚さもここまで来ると、いっそ清々しい。
国際連合は前回と引き続き機械帝国第3層の攻略権を要求する」
38ヵ国を擁する人類同盟の対抗勢力、国際連合の統率者アレクセイ・アンドーレエヴィチ・ヤメロスキーは鼻で笑う。
綺麗に重なった要求は、二大勢力の衝突を意味した。
エデルトルートの鋭く吊り上がった碧眼が、稲妻のように容赦ない眼光を放つ。
機械帝国の攻略に限っては、第1層、第2層と継続して攻略していた連合に一日の長がある。
「今までのダンジョン攻略戦の内容を鑑みるに、我々人類同盟の負担が著しく大きなものとなってしまっている。
このような均等でない状況は改善されなければならない」
エデルトルートはなおも譲らない。
断固とした口調で強硬的と言っても良い主張を述べた。
第1層攻略における戦費
人類同盟 4億1200万$
国際連合 2億4800万$
日本勢力 2200万$
第三世界 1億1500万$
第2層攻略における戦費
人類同盟 37億8000万$
国際連合 7億6400万$
日本勢力 6億8500万$
第三世界 5億2100万$
手元に配られた資料に目を落とせば、なるほど、各勢力の戦費が簡単に集計されており、これだけ見ると確かに彼女の主張通りだ。
転移前の為替基準だと1$、おおよそ100円。
同盟は得られている戦果に比較し、他勢力の数倍もの戦費を費やしている。
しかし、この数値は投入した戦費であり、ここからどれだけの損害が出て、どの程度の戦力を保持することができたのか。
それが分からない以上、何とも言えない。
これには怜悧な表情をあまり崩さないアレクセイも、苦虫を嚙み潰したように顔を歪ませる。
「その主張は客観性を大きく欠いている。
周りの状況に不満を述べる前に、まずは自分達の効率性を改善した方が良いのではないか」
確かにその通りだ。
しかし、そのような正論が利権の前で真っ当に受け止められるはずがない。
「それぞれのダンジョン世界では、明らかに敵の種類や特性、環境条件などが大きく異なっている。
ダンジョン世界の違いによる攻略難易度の差異は間違いなく存在する」
同盟と連合の水掛け論で話し合いは平行線の一途を辿ろうとしていた。
エデルトルートとアレクセイ、ドイツとロシアの探索者はお互いを睨みつける。
そういえば、ロシアって昔はソ連という国だったんだよな。
第二次世界大戦でドイツとソ連が壮絶な泥沼戦を繰り広げていたことは有名だ。
ドイツとソ連の戦い、独ソ戦。
ちょうど今の構図がそれだろう。
このまま世界の
「こんな時でも馬鹿みたいな利権争いかよ!
ちょっと前までただの学生だったくせに、随分偉くなったもんだな!」
険悪な空気を無理やり裂く、罵声染みた一喝がエデルトルートとアレクセイに降りかかった。
声の主は銀髪のソフトモヒカンが目を引く熱血系の白人青年。
第三世界からのオブザーバーとして招かれたハッピー・ノルウェー草加帝国の探索者スティーアン・ツネサブロー・チョロイソン。
宗教国家出身の熱心な宗教家らしく、平和と融和を愛する熱血ボーイだ。
「さっきから聞いてれば、自分はあーしたい、こーしたい……
少しは人類全体のことも考えられないのか!?」
出身国家名とは打って変わって、人間としては至極まともなことを言っている。
利権のりの字も知らない青臭い理想論だ。
実際に十億を超える人々の生活が肩にかかっている人間にとっては、気に留めておく価値すらない戯言。
「同盟は機械帝国の攻略権を要求する。
対価として連合には末期世界の攻略権を容認する」
エデルトルートはスティーアンの言葉に反応することもなく、自分達の権利を主張するだけだ。
それに対するアレクセイも変わらない。
オブザーバーとして招いておきながら、なんとも酷い態度だ。
「なっ……」
スティーアンもまさかオブザーバー枠の自分が、ここまで完璧に無視されるとは思ってもみなかったのだろう。
列強と小国との目に見えない分厚い壁に、目を見開き愕然と声を漏らす。
なんか可哀そうになってきちゃったな。
日本人としてはハッピー・ノルウェー草加帝国に対して名状しがたい複雑な感情を抱いているのだが、それはともかくとして可哀そうになってきた。
俺自身、同盟と連合の利権調整会議には飽きてきたし、ここは親切心でフォローしといてあげようかな。
「ま、頑張れよ」
そう言ってスティーアンの肩を軽くたたく。
この会話はもちろん英語。
Boys, be ambitious.
なんか睨まれたわ。
『ミッション 【末期世界 第2層の解放】 成功
報酬 道具屋 武器屋 防具屋 の 新商品 が 解放 されました』
『末期世界 において 第2層の解放 が達成されたので 第3層 が解放されます
3日間 末期世界 に侵攻することはできません
レコード は 402時間17分6秒 です
【総合評価 B 】を獲得しました 特典 が 追加 されます』
『全てのダンジョンの 第2層 が解放されました
全ての探索者 は 全世界 における 2045年6月11日20時00分時点 での
インターネット閲覧 が 3時間 許可されます』
末期世界 第二層 昇天荒野サン・カーシャ
ドイツ アメリカ イギリス その他 攻略完了
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