第三十六話 陰謀爆発はじめてのさいばん 前

 ドイツ連邦共和国 根拠地 大ホール。

 裁判のために特設された大ホール。

 そこには主催する人類同盟と国際連合はもちろん、これから行われるダンジョン内初の裁判を一目見ようと、大勢の探索者が詰めかけていた。

 決して狭くはない大ホールだが、数百人の人間が発する熱量は、否応無しに室内の熱気を上げていく。


 中央に設けられた裁判スペースは、裁判官席と被告台だけの極めてシンプルな造り。

 弁護人席が設けられないそれは、これから行われる裁判という名の一方的なリンチを意味していた。

 裁判官席の中央に座する人類同盟の指導者であるエデルトルートは、観衆の喧騒渦巻く中、ただ黙しているのみ。

 彼女の隣には国際連合の首班アレクセイが座っているものの、その座席位置は中央からやや外れており、この裁判の主導権が既に同盟の手中であることを暗に示している。


 俺達日本勢は勢力として小身ではあるものの、同盟と連合のどちらにも一定量の影響力があることから、裁判官席から見て右側の最前列に席を用意して貰った。

 俺の両隣に人類戦力のツートップが座り、周囲に重苦しい威圧を振り撒いているためか、俺達の周りは人々が密集する中でポッカリと空洞を作っている。


 そして裁判官席から見て俺達とは反対側、中央を挟んで俺達の正面に座っている数人の男女。

 その中央に座る女性が、こちらに嘗め回すかのような視線を送っていた。

 席の配置を考えれば、彼女が人類同盟側の調査を主導し、犯人を見つけ出した中華民国の探索者だろう。

 ボブカットにした黒髪と右目の近くにある泣き黒子が印象的な、妙に色気のある美人さんだ。


 裁判のためなのか、艶やかな赤いチャイナドレスを着ている彼女は、大層に足を組んで自らの美脚をさらけ出している。

 周りの男共は、あからさまに視線を彼女の足に集中させており、鼻の下を伸ばした間抜け面を出身国の全国民に放映していた。

 もし俺が彼女の近くにいたのなら、もれなく彼らの仲間入りをしていたところだ。

 いやぁ、危なかったね!


 そうこうしている内に、ホールの入り口から大きなざわめきが発生しだした。

 いよいよか。


「罪人が通る!

 道を開けろ!!」


 未だ罪が確定していないにも拘らず罪人呼びか。

 ここが一般社会から隔離された環境でなければ、人権問題で自分が罪人になりかねないな。

 俺は隣に座る白影に視線を向ける。

 お願いしたことは、やっておいてくれたよね?


「……?」


 白影は突然俺から視線を向けられたことに、一瞬何のことだか分からなそうに首をかしげる。

 しかし、すぐにハッとすると、俺を包み込むかのような優しさと、決して折れない強い意志の込められた瞳を向けてくれた。


「大丈夫でござるよ。

 拙者は、何があろうとトモメ殿のお側にいるでござる。

 ずっと一緒でござる」


 クソ!

 全然通じてないじゃないか!?


「ちょっと黒いの!?

 何、ぐんまちゃんに変なこと言ってるんですか!!

 しっしっ、ウチのぐんまちゃんに近寄らないでくれますかぁ!?」


 おっとー、ここで高峰嬢の参戦だ!

 俺は間違いなく荒れるだろう二人の口喧嘩を放っておき、いよいよ姿を表した事件の犯人ということになっているスウェーデンの探索者にして俺の知り合いであるシーラを見る。

 久しぶりに見た彼女は、心労のせいなのか、それとも監禁された環境が想像以上に悪いものだったのか、ゲッソリと痩せていて、今にも死んでしまいそうな雰囲気を纏っていた。


 うーん、正直なところシーラの処遇がどうなろうと、あまり関心はなかったんだけど……

 実際に彼女の姿を見てしまうと、どういう訳だか同情心や慈愛の心が沸々ふつふつと湧いてきてしまったぞ。


「…… シーラ」


 心に隙ができたためか、思わず口から声が漏れてしまう。

 ザワザワと数百人の観衆が口々に話し合っている中、俺の漏らした声は雑踏の中に消えてしまう、筈だった。


「トモメ?」


 しかし、何故かシーラが俺の声に気づいちゃった!

 光が完全に消え去っている碧眼と目が合う。

 あっ、ヤバい。


「トモメ!」


 それまで引き摺られるように被告人用の檀上まで連れて来られたシーラが、突然暴れだした。

 彼女の両脇は、体格の良い米軍兵士が固めており、消耗しきった女の力でどうこうできるものではない。

 だが、それを全ての観衆が分かっているかは、また別ものだ。


「トモメェ、助けて、助けてよぉ!!」


 そこかしこで、突然暴れだしたシーラに対する恐怖の声、驚きの声、蔑みの声が聞こえだす。

 助けを乞う彼女の悲痛な声も、観衆にとっては狂乱女の叫び声にしか聞こえない。

 不味い流れだ。

 このままでは、いよいよもって彼女の命運は終わりかねないぞ。


「静粛に! 静粛に!!」


 裁判官席からエデルトルートとアレクセイが声を上げるも、騒ぎ出した群衆に届くはずがない。

 俺の正面に座る中華民国の女は、その様子を眺めながらねっとりした笑みを浮かべていた。

 あああ、不味い。

 主導権を完全に握られて、最後まで持ってかれる流れになるんじゃぁぁぁ!!?


 くっ、かくなる上は仕方ない。

 目立たないようにこっそりと、裏から奴らの策謀をめちゃ糞に掻き回してやるつもりだったが、そのプランはもう止めだ。

 西太平洋の覇者にして人類最強の剣、太陽に照らされた日出ズル国は、王道を征くんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


「高峰嬢、ここは一発お願いします」


「へいへーい」

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