第二十八話 日本との会談

 ギルドにある大型ディスプレイ。

 いつもはミッションが表示されるだけのそれは、今はただ青色の画面が映し出されているだけ。

 併設されている酒場の椅子をその前まで持ってきて、それに座って待機している俺と高嶺嬢。


「ねえねえ、ぐんまちゃん。

 私、どこか可笑しいところないですか?」


 しいて言うなら頭かな。

 思わず出そうになった本音を押しとどめ、そわそわしている彼女のパッと見る。

 シンプルな白のロングワンピースの上に、同色で薄手のケープを羽織っている。

 艶がある絹糸のような長く黒い髪とやや釣り目のパッチリした茶色の瞳が、白を基調とする中で、上手く全体のバランスをまとめていた。

 すごく…… お嬢様です…………


 完全に清楚なお嬢様と化した高嶺嬢。

 普段の状態を知っている身としたら、お前いきなりどうしたんだ、と突っ込みを入れたくなる見た目だ。

 この姿だけ見れば、彼女がお嬢様だと一目で分かる。


 これから行われる母国との会談。

 それに対し、高嶺嬢はやたらと気合の入った格好で臨んでいた。


「大丈夫、どうせ全部見られてるから」


 こんな場所でだけ格好を整えても、普段の様子をしっかり見られているのだし、意味ないと思うんだけどなー。

 高嶺嬢の隣に腰掛ける俺の格好は、いつも通りの戦闘服だ。

 スーツがあれば流石に着てきたのだが、残念ながら俺の手持ちは迷彩柄しか存在しない。


「うー、そういう問題じゃないんですよー」


 拗ねるように身をよじらせると、ケープがずれて傷一つない抜けるような白い肌が露になる。

 荒事を行うとはとても思えない細く柔らかな手を見ていると、その手でオーガの頭蓋を生きたまま握りつぶした光景が夢だったかに思えるから不思議だ。


「高嶺嬢、そろそろ時間だ」


 気づけば、会談まで5分を切っていた。

 さて会談では何を話そうか。

 基本は、政府側の意向が説明され、俺達の事情と突き合わせた上で、今後の探索方針および他国勢との関係を決めていくことになるだろう。

 なにせ向こうは俺達の状況を観測しているのだ。

 こちらの事情など手に取るように分かるはず。

 俺達からの要望を伝えるとすれば、ダンジョン探索に特化した装備の開発と日本の状況くらいだろうか。


「緊張してきましたよ、ぐんまちゃん!」


 高嶺嬢が俺の肩を掴んで、ガクガクと揺さぶってくる。

 やめろー、まともに考え事ができなくなる!

 

「ぐんまちゃーん! ぐんまちゃーん!」


 緊張で変なテンションになったのか、高嶺嬢が俺の名前を連呼しながら、大きく体を揺すってきやがった。

 子供か、お前は……

 この姿が政府上層部に放映されていることを考えると、頭が痛くなってくる。

 

「そろそろ…… 時間だから…… やめて…………」


「はーい」


 基本的に素直な高嶺嬢は、俺が制止した瞬間、ピタリと揺するのを止める。

 しかし、急に体が制止すると、反動で余計に酔ってしまうから、困ったものだ。


『孫娘がごめん』


 いつの間にかディスプレイに映っている閣議室。

 その中央部に座る彫が深く威厳のあるご老人、テレビや新聞で何度も見たことのある内閣総理大臣が、申し訳なさそうに肩身を狭くしていた。

 なんとも締まりのない始まりになってしまったな。


「御爺様!」


 高嶺嬢が一週間ぶりに顔を見た家族に、表情をほころばせている。

 こうして見ると、本当にお嬢様にしか見えないな!

 戦闘中のアレは何だったのだろう。


「華ちゃん!

 華ちゃんのことはいつもテレビで見ているよ。

 よく頑張ってるじゃないか!」


「ふふふ、ありがとうございます!」


 祖父と孫が会話に花を咲かせている横で、時間も無いことだし俺は大臣や官僚達と実務的な話を進める。


「現在は、魔石採取を主眼としつつ、同時にダンジョン攻略に関して短期制覇を念頭に進めています」


「現状の方針で問題ありません。

 資源供給量も日産1000万tを下回らなければ、国内需要は十分に満たされています。

 ダンジョン探索について、上野さんに全権を委任しますので、安全を第一として今後も探索を行って下さい。

 政府から要望がある場合は、端末ミッションのコメント欄から指示が出されますので、ご確認よろしくお願いします」


 官房長官の話を聞く限り、今のところ、俺の探索方針に口を挟むことはないらしい。

 まあ、後ろ暗い指示を端末経由で出されるかもしれないが……


「他国、とりわけ主要国を中心とした一派とロシア率いる一派との関係ですが、現状では、どちらかに属することなく、どちらとも好意的中立を保ちたいと考えています。

 派閥に属していない国家に対しては、完全中立の姿勢をとるつもりです」


「現在の政治状況では、その姿勢がベターだろう。

 ただ、いつまでも中立を貫くことは難しい。

 探索と並行して苦労をかけるが、常に他国とのチャンネルを開き続け、情勢の把握を継続して行って欲しい。


 政治情勢についてはこちらも分析を進めていくつもりだ。

 何かあれば端末ミッションのコメント欄経由で伝えるので、参考にして欲しい。

 難しいとは思うが、他国との遮断が解けた後を考えると、多数の国々との関係を崩すわけにはいかんのだ。

 よろしく頼みます」


 ふむふむ、第三次世界大戦の時と同じように前半蝙蝠プレイ、後半漁夫の利プレイをすれば良いわけね!

 よっしゃ、他国から恨みを買わない程度に、良いところだけ掻っ攫ってやるよ。

 へへへ、楽しくなってきたぜ。


「現在の装備に関してですが、42式無人偵察機システムは、機械生命体に対し有効な迷彩機能を搭載していません。

 おそらく無人偵察機からでる音と熱を探知されたものと考えられます。

 また、現行の無人機では輸送力に難があります。

 魔石の回収を円滑に進めるためにも、輸送力に優れる無人機の開発を求めます」


「その点に関しては、君達が送ってくれた機械生命体のパーツを分析して、有効な改良を進めているよ。

 できれば稼働しているサンプルが欲しいところだけど」


「それは無理です」


 冗談は顔だけにしろよ、マッド野郎。

 国防省技術研究本部の最高顧問を、思わず睨みつける。


「仕方ないか、輸送型の無人機も開発中だよ。

 それと、無人機に武器屋で購入した兵装を取り付ける設備を急ピッチで開発してるから。

 あとでミッションを通して、取り付けたい武装をサンプルとして送ってね」


 おお、無人機が武装化できたら、俺達の戦力は飛躍的に高まるはずだ。

 それに機械帝国の第1層攻略によって、基本的な重火器が遂に解放されたことも相まって、戦術の幅も広がることだろう。


「ミッション報酬に関しては、引き続きジャンボジェットと無人機関連とします。

 現在開発中の換金用超々大型旅客機が完成して値段評価がつき次第、そちらを回しますので、後しばらくは現状の収入で回して下さい」


 財務大臣がえらく太っ腹なことを言ってくれた。

 今までに政府から送られてきた報酬は、売値だけでも1000億を超える。

 売値は元の半額だから、日本側の負担としては、2,3000億にもなるだろう。

 たった一週間でそれほどの支出をしているというのに、まだまだガンガン課金してくれるらしい。

 資源の代価として考えれば、捨て値同然だろうが、それでも経済大国の面目躍如といったところか。


 この後、現在の日本の様子を簡単に説明して貰い、時間はギリギリとなる。

 今の日本ってすごい好景気らしいのね。

 第三次世界大戦の序盤以来の水準だというのだから、すさまじいものだ。


「あっ、上野君、最後に、君に言いたいことがある」


 突然、高嶺嬢と別れを惜しんでいた総理が、俺に話を振った。

 大国の国家元首に相応しい威圧感を急に出して、質量すら伴ってそうなほどの眼光を向けてくる。

 俺は改めて背筋を正した。


「君はもう分っているとは思うが、孫はじゃじゃ馬だ。

 これから君には沢山の迷惑をかけてしまうだろう」


 祖父から出た言葉に、隣の高嶺嬢が落ち込んでしょぼくれる。


「資源収集、探索、攻略、部隊運用、君に多くの苦労を掛けてしまうことに大変申し訳なく思う。

 だが、それでも、孫を頼ってやってくれないか。

 身内贔屓かもしれないが、とても真直ぐに育った娘なんだ。

 きっと、どんな時でも君に対して誠実で在ってくれるはずだ」


 高嶺嬢の様子をちらりと見ると、貶してからの一転しての誉め言葉に、恥ずかしそうにしていながらも、真直ぐと画面に映る祖父を見ていた。


「君の進む先は苦難しか待ち受けてないだろう。

 だが、それでも、日本を、孫を、よろしく頼みます」


 そう締めくくって、総理は深々と頭を下げた。

 続くように、閣僚や官僚、画面に映る全ての人達が頭を下げる。

 彼らは、俺達に祖国の命運を託したのだ。


「………… はい、頼まれました。

 任せてくださいよ、俺はともかく、高嶺嬢は最強ですから」


 言ってて悲しくなった。

 

「あ、あと、孫に手を出したら絶対に最後まで責任を取ってもら————」


 最後に勢い良く頭を上げた総理が、何かを言っている途中で通信が切れる。


「………… ぐんまちゃん」


 最後の通信内容をばっちり聞こえてしまった高嶺嬢が、体ごとこちらを向いた。


「改めて、これからも、末永く、最後まで、よろしくお願いしますね!」


 何とも言えない、どちらの意味にも捉えられることを言ってくれたもんだ。


「うん、まあ、とりあえずこれからもよろしく頼むよ」


 俺の言葉に、高嶺嬢は花が咲き誇るかのような笑顔で応えた。


「———はいっ!!」


 こうして、ダンジョンの第1層を終えた俺達は、いよいよ本格的な戦力が投入されるダンジョン第2層の攻略に挑むのであった。

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