第二十二話 初めての負傷

 何処までも続く深い闇の中、意識が沈んでいる。

 全ての知覚は闇に飲み込まれた。

 何も考えられず、ただ、闇に意識をゆだねる。


 このまま意識を失えば、どうなるのか。

 一瞬、ほんの一瞬、湧いた疑問が、闇に飲まれた。


 ゆっくりと、しかし確実に、意識が闇に染まっていく。

 その間際、刹那の如き間隙を突いて、一人の女性を思い出した。


「ひとつー、私に下さいなー!」


 四肢を引き千切られ、内蔵の過半を抉り取られたオーク。

 その腹の中から、赤い結晶をぎ取った彼女。

 高嶺、華。




「―――― グロい!!」


 俺の意識は一瞬で浮上した。


 完全に覚醒してしまった頭で、周囲の状況を把握する。

 周囲に散らばる大小の瓦礫。

 爆破された神殿のなれの果て。


 俺の四方に控え、周囲に銃を向けて警戒状態のロボット4体。

 メインの30式小銃は持っておらず、サブの26式短機関銃を構えている。


 直前の状況を思い出す。

 予想外の、ボスによる場外奇襲。

 激突する高嶺嬢と大天使。

 綺麗なお顔を突き殺された大天使。

 その直後、光る槍が大爆発。


「……高嶺嬢は?」


 俺の問いに、ロボットの一体、美少女が瓦礫の山を指さした。


「――――」


 索敵マップを確認。微弱な青点を確認。


『捜索』

 

 瓦礫の山の一点に光点を確認。


 光点は瓦礫の底にあり、完全に埋もれている。

 やばい。


「あそこを全力で掘り起こせ」


 救出すべく、即座に指示を出す。

 まずいまずいまずい!

 

 総理の孫を死なせるのは拙すぎる。

 それ以上に彼女抜きでは、ダンジョンの難易度が箆棒べらぼうに跳ね上がる!


『聞き耳』


 微弱な息遣い。

 それと同時に、ロボットが瓦礫を退かして小さな隙間を作った。

 今だけは手段を選べない。

 聞き取れたそれに向かって、迷いなく僅かな隙間に潜り込む。


『目星』


 目の前を塞ぐ瓦礫を、単振動ナイフで分割し、素早くどかす。

 無節操に瓦礫を退かしたことで、上の瓦礫が迫ってくる。

 問題無い。


 右腕を崩れかけた瓦礫の隙間に差し込み、腕が潰される代わりに瓦礫の崩落を数秒抑える。

 痛いが、まだ我慢できる。

 俺の脳裏を埋め尽くす保身の文字が、痛みと恐怖を塗り替えた。

 彼女を失った後の絶望的なダンジョン探索を考えたら、腕の一本や二本問題ない!

 押し潰された腕を即座に斬り落とし、ようやく見つけた柱の一部に下半身を挟まれた高嶺嬢を抱きかかえる。


 ついでにナイフで彼女の両足を一閃。

 ポーションで治ることを祈りつつ、最悪は日本から義足を送って貰うことにしよう。

 吹き出る血に構わず、ロボットが支えている瓦礫の出口に飛び込んだ。


「ポーション」


 クソったれなことに、俺の持ってるポーションは全て割れていた。

 高嶺嬢の四次元マントからは、本人でしか取り出せない。

 ロボットがバックパックを引っ繰り返す。


 1000万のポーションはどれも割れている。

 が、幸か不幸か一本だけ、無事なものを発見。


 漫画かアニメかよ。


 俺に飲ませようとするロボットから分捕り、高嶺嬢の両足に迷わず振りかけた。







 くらいくらい闇の中。

 全身の感覚が酷く鈍い。

 体はちっとも動かない。

 ゆっくり、とてもゆっくりと冷たくなっていく自分の身体。

 

 頭に浮かぶ最後の記憶は、刀が刺さった敵の顔、後ろからの衝撃。

 意識が途切れ、気づけばどことも知れない闇の中。


 私はこのまま終わるのか。

 脳裏に過るは、懐かしい祖国と一人の男性。


 私がいなくなったら、彼は一人で戦えるのか。

 ……大丈夫。

 私と違って、彼ならきっと上手くやるだろう。


 出会って一週間も経ってないけど、なんとなく、そう思えた。


 でも、叶うことならもう一回だけ、私が作ったご飯。


 一緒に食べたかったな。




 気づけば、いつの間にか私は身体の感覚を取り戻していた。


 急激に覚醒した意識。

 急いで起き上がり、周囲を見回した。


 ロボット3体、大量の瓦礫、夥しい血痕、何も身に着けていない私の両足。


 状況を頭が認識する前に、直感でナニカが足りないと感じた。


「――― ぐんまちゃん?」


 無意識に動いた口。

 反射的に、周囲をもう一度確認する。

 瓦礫の山から、何かを引き摺ったかの様な血痕が私の足元まで続いている。

 

「私の血? でも、私の足は無傷のまま……」


 考えが纏まる前に、脳裏に自然と答えが浮かぶ。


「誰かが私を引き摺って、足を治した…………」


 ぐんまちゃん?


 もう一度、万が一にも見落としが無いように、慎重に周囲を見回した。


 ぐんまちゃんは?


「ぐんまちゃーん?」


 答えは返ってこない。

 不安が心に過ぎる。


「どこですかー、ぐんまちゃーーん?」


 再び呼びかけるも、私の声が虚しく木霊する。

 おかしい。

 彼なら私が目を覚ますまで待つか、私をホームまでロボットで運んでくれるはず。


 意識が覚める前の感覚も相まって、不安がどんどん大きくなる。


「ぐーんーまーちゃーーん?」


 答えは返ってこない。


 返ってくるはずがない。


 脳裏にそんな言葉が突然浮き上がった。

 分からない。

 何の意味だか良く分からないよ。


 ダンジョンにたった一人。

 心には不安と同時に恐怖が広がる。


「ぐぅぅんぅぅまぁぁちゃぁぁぁぁん!?」


 私は叫ぶ。

 

 もう答える人はいない。

 私は一人だ。


 うるさいうるさいうるさい。

 脳裏の言葉を掻き消すように、私はただただ叫んだ。


 心配、恐怖、心細さ、諦め、様々な感情が心を揺さぶる。


「ぐぅぅぅぅんぅぅぅぅまぁぁぁぁちゃぁぁぁぁぁぁん」


 何度叫んでも、彼は来ない。


 今の状況が分からない。

 考えようとする理性を感情の波が押しつぶす。

 たった一人の同胞。

 たった一人の話し相手。

 たった一人の戦友。


 私が頼れるたった一人の男の子。


 そんな彼が、今はいない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 叫び声が鳴き声に代わっても、彼は来なかった。







「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、ぐぅぅぅぅんぅぅぅぅまぁぁぁぁぁぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 高嶺嬢が、泣いている。


 神殿の柱に隠れながら、俺はその様子を伺っていた。


 だって、今更出辛くなっちゃったんだもん。

 ダンジョンの外までポーションを取りに行っていた間に、まさかこれほどの大騒ぎになるとは思わなかった。


 出辛い。

 本当に出辛い。

 仕方ないよね、人間だもの。


 護衛として連れていた美少女の視線が、心なしか呆れている様に感じた。




末期世界 第一層 神殿都市バッチィ=カン

日本    攻略完了

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