第九話 魔石

「ぐんまちゃーん、朝ですよー」


 俺の爽やかな朝は、うら若き乙女の呼び声で幕を開けた。

 窓どころか時計すらない空間なので、本当に朝なのかは分からない。


「ぐーんーまーちゃーん、あーさーでーすーよー!」


 目覚めた後は、美少女の俺を呼ぶ声を聞きながら、顔を洗って髭を剃る。

 ちなみに朝の歯磨きは、朝食後にする派だ。


「ぐぅぅんぅぅまぁぁちゃぁぁぁぁん! あぁぁさぁぁでぇぇすぅぅよぉぉぉぉ!!」


 アパートなら壁ドン間違いなしの騒音をBGMに、昨日のうちに洗濯しておいた一張羅を着込み、姿見で身だしなみのチェック。

 ベットリと付いていた赤いシミは、綺麗さっぱり無くなっているし、服装の乱れもなし。


「ぐぅぅぅぅぅぅんぅぅぅぅぅぅぅまぁぁぁぁ―――――」


「おはよう、今日も素敵な朝だな、高嶺嬢」


 扉を開けた先に立っているのは、シミ一つない白い肌を紅潮させ、つり目がちなパッチリおめめを血走らせた抜身の刀を持った殺人鬼。

 訳の分からん状況に放り込まれて2日目の朝は、こうして始まった。




「わー、なんかハイテクそーですねー」


 今日日きょうび、小学生からでも出ない様な馬鹿丸出しの感想を述べた高嶺嬢が見ているものは、昨日のミッションで報酬として貰った『42式無人偵察機システム』だ。

 無人偵察機は直径50cmほどの円盤状であり、中心部分でプロペラが回る仕組みの暗緑色の機体だ。

 出入り口のある空洞の地面にずらりと並ぶ6機の無人偵察機。

 俺の手元には、これらを一括して管制できるタブレット端末。


 説明書を参考にタブレットを操作して無人機を起動させる。

 無人機は低い唸り声を上げると、機体をダンジョンの地面や岩盤に合わせた色と模様に変化させる。


「ぐんまちゃん、ぐんまちゃん! 色が変わりましたよー!」


 うん、知ってる。

 これは4,5年前に国防軍が完成させた最新の迷彩システムだ。

 40年以降の年式の兵器にはだいたい搭載されている、と説明書に書いてある。

 タブレットの操作を続け、無人機に搭載されている自己学習型人工知能に哨戒命令を与えた。


「うひゃー、動きましたよー」


 6機の無人機は機体中心部のプロペラを回転させてゆっくり浮き上がり、滑らかな軌道で唯一の通路へと消えていった。


「行っちゃいましたねー」


 高嶺嬢がどこか寂しそうにぼやく。

 あの機体達をここまで運んだのは高嶺嬢なので、いつのまにか愛着でも湧いていたのだろうか。

 俺は自分で運んできた唯一の物であるタブレットの画面を哨戒画面に切り替える。


 タブレット画面に映し出されるのは、リアルタイムでの哨戒情報だ。

 無人機に搭載されている三次元レーザー観測装置により、詳細な地形情報が観測できる。

 時速60㎞で飛行する無人機は、すごい勢いでダンジョンの地図を作製していく。

 これだよ、これこそが技術立国日本の本来あるべきダンジョン探索なんだよ!

 

 無人機が哨戒している間に端末を確認する。


『ミッション 【初めての情報収集】 成功

 報酬 無人機用共通規格バッテリー 72個 が 受取可能 になりました』


『ミッション 【魔石収集】

 魔物から採取できる魔石を10㎏ギルドに納品しましょう

報酬 32式普通科装甲服3型 3着

依頼主:日本国厚生労働大臣 田中正栄

コメント;従者はギルドに在り』


 田中さん、グッジョブ!

 あなたのコメントが何よりの報酬です!!


 どうやら俺の特典はギルドで受け取れるらしい。

 魔石は良く分からないが、適当に魔物の体をばらせば見つかるだろう。


「高嶺嬢、そろそろ俺達も動くとしよう」


「ヘイヘーイ、狩りの時間ですねー?

 化物共に地獄ってやつを叩きこんでやりましょー!」

 

 高嶺嬢はマントの内側から刀を取り出して、興奮したように高々と掲げる。

 スプラッタの時間だ。




「ヘイヘーイ、まだまだ死なせませんよー」


 高嶺嬢は楽しそうに、憐れなオークの肺を引き千切る。


『ブギイイィィィィィ!』


 自分の身体から、ナニカを失うたびに彼は悲痛な叫び声を上げていた。

 魔物の身体のどこに魔石とやらがあるのか分からないので、検証のために魔物を解体して欲しいと頼んだ結果がコレである。

 俺は縋るような視線を向けるオークから目を逸らして、高嶺嬢が解体していく部位を一つずつ切り開いていく。


「おー、面白いモノを持ってるじゃないですかー」


 高嶺嬢がナニカを見つけたようだ。


「ひとつー、私に下さいなー!」


 童歌の一節を口遊くちずさみながら、彼女はこぶし大の赤い石を抉り取った。


「あれ、ダウンしちゃいましたねー?」


 それまで満身創痍ながらも、それなりの大きさの悲鳴を上げていたオークは、その石を取られた途端、瞳から光を失って何の反応もしなくなる。

 これを見る限り、あの赤い石が魔石で間違いないだろう。


「ヘイヘーイ、次の方どーぞー」


 息絶えたオークを手早く解体した高嶺嬢は、刀で腹を壁に縫い付けられたゴブリンに手を伸ばす。

 憐れな同胞の惨状を見せられた彼は、先ほどから必死に自身を縫い付けている刀で自害を図ろうとする。

 しかし、高嶺嬢が振るった時はあれほどの切れ味をみせた刀は、何故かなまくらの様に切れ味がなく、腹の傷を抉るだけで切り裂く気配はない。


「高嶺嬢、もういい、ありがとう」


「おや、もう良いんですかー? どういたしましてー」


 目的を達した以上、惨劇を繰り返す必要はない。

 俺はゴブリンの腕を引き千切ろうとする高嶺嬢を押し止め、ゴブリンの心臓があるっぽい場所にナイフを差し込んだ。

 彼が最後に見せた救われたかのような表情を俺は忘れないだろう。

 この状況をリアルタイムで見ている政府にはご愁傷様と言っておこう。


「さて、次の魔石を取りに行こうか」

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