第一章

第一話 目覚め

 深い闇に沈んでいた意識が急速に浮上する。

 しかし闇からは抜け出せない。

 意識があるようでない。

 どこまでも薄く広がるあやふやな感覚。


ドンッ


 突然の大きな音。

 

 弾かれたように闇から抜け出し、意識がゆっくりと覚めていく。



「———— ここ、は」


 

 意識が覚醒して一番初めに見たものは、白い天井と豪奢なシャンデリア。

 俺は寝ていたのか?

 駄目だ、頭にもやがかかって考えるのがキツイ。


 寝起きのぼうっとした頭のまま体を起こせば、左腕になんだか違和感。

 違和感の元である左腕を見ると、腕時計とタブレットを足したような見たこともない機械が取り付けられている。

 機械に付いているディスプレイはチカチカ点滅しており、寝起きには辛い。

 自己主張が激しいな。


 機械から目を離し、寝惚ねぼまなこで自分の周囲をぐるりと見渡す。

 高級そうな執務机、数冊しか本が入っていない本棚、応接用と思われるテーブルと4つのソファチェア。

 先ほどまで自分が寝ていた床には、ふかふかの赤い絨毯が敷かれていた。

 誰もがイメージできる気品溢れる執務室とは、このような部屋を指すのだろう。


 さて、周囲を見て思考の靄も大分晴れた。

 ようやく回転してきた頭で、何故自分が置かれている状況を考える。


 自分の名前は上野群馬こうずけ ともめ、地方国立大の3年次生にして生粋の群馬県民。

 両親と妹弟の5人家族で恋人はいない。

 生まれてこのかた彼女なんていたことないけど、まだ二十歳だからセーフだと思うの。


 頭に残る最後の記憶は、お風呂上がりのセルフカバディを行った後、自宅の布団で眠ったところで途切れている。

 断じて何処かも分からない執務室の床で眠った記憶はない。


 しかも今の格好は黒いミリタリーブーツ、丈夫そうなカーキ色のカーゴパンツに黒のTシャツだ。

 当たり前だが、自分は寝るときにこんな格好で寝た覚えはない。

 小さいころからずっと、パンツ一丁でナイトキャップを被りながら寝ていたはずだ。


 イタズラ、誘拐、ドッキリなど現状を説明する言葉がいくつも連想されるが、どれもしっくりこない。

 寝ていたとしても、着替えさせられたら流石に気づく。

 薬品で意識を失っていたとしても、そんなことをされる理由や相手は思いつかない。


 中流家庭出身で何の利権にも関わっていない人間を誘拐しても、リスクとリターンが釣り合わない。

 イタズラにしてはやり過ぎだし、そもそも相手に心当たりはない。


 そして自分の左腕に装着されている機械は、今まで生きてきて見たこともないものだ。

 さっきからチカチカ光って鬱陶しいことこの上ないが、現状を打開する手がかりは間違いなくこの機械しか存在しない。


 絨毯が敷かれているとは言え、いつまでも床に座り込んだままという訳にもいかないので、応接用に設けられただろうソファチェアに腰かけた。

 執務机の椅子は、万が一この部屋の主が来た時になんとなく恐いので座らない。

 こんなときでも他人からの印象を気にしてしまう自分の性格に僅かばかり辟易しながらも、左腕に装着している機械のディスプレイを見る。


『画面に触れて下さい 残り時間 23:55:43』


 画面に触れることを要求する機械。

 残り時間とやらは、着々と減少しているものの、あと1日程度は余裕があるらしい。

 さて、ここで素直に押して良いものか。

 時間に余裕があるようだし、その間にできることはないだろうか。


 そんなことを考えるも、何の手がかりも得られないまま探索するのも恐ろしい。

 結局のところ、自分に選択の余地なんてないのだろう。

 ディスプレイに触れると、光の点滅が止まり画面が変わった。


『おはようございます あなたは 6 人目の探索者です

 特典 が 追加 されます』


 どうやら他にも同じような立場の人間がいるようだ。

 自分で6人目らしいが、全員で何人いるのだろうか。

 表示が変わらないので、もう一度ディスプレイに触れると新しい画面に切り替わった。


『特典

 下記の一覧から 1つ 選択して下さい


×すごいKATANA

×かっこいいマント

×全高20m全備重量40tの有人人型ロボット(70MW核融合炉搭載・武装別売)

×キューバ産最高級葉巻24ダース(葉巻用カッター・マッチ付)

・全環境対応型歩兵用強化装甲(MADE IN U.S.A)

×カトンジツ実践セットSYURIKEN付(NINJA!)

・コロンビア級戦略原子力潜水艦(トライデントミサイル・乗員155名込み)

・強くて成長する裏切らない従者(美少女でも美少年でもありません)

・便利な水筒☆おまけつき☆(内容量350mL)

・スペシャル冒険セット

×現状を事細かに説明された書物』


 どうやら1人目から順番に取られていっているようで、半分以上の項目が選択できない。

 戦略原潜や強化装甲よりも、KATANAやNINJAの方が人気のある現実に戦慄を感じざるを得ない。

 おそらく小中学生が混じっているのだろうか。


 しかし、どれも魅力的で迷ってしまうな。

 水筒は論外としても、乗員付の戦略原潜は本当に貰えるのなら、是非とも貰い受けたいものだ。

 うーん、と悩みながら強くて成長する裏切らない従者を選択する。

 裏切らないという所が高ポイントだった。


『強くて成長する裏切らない従者(美少女でも美少年でもありません・・・・・

 で良いのですね?』


 もちろん『はい』を選択する。


『 美少女 ではありませんが、本当によろしいのですね?』


 しつこいな。

 『はい』を選択。


『かしこまりました

 余談ですが 便利な水筒 にはおまけとして下記のものが付属していました


・水筒を持ってくれる美少女(清純)

・水筒に飲み物を入れてくれる美少女(幼馴染)

・水筒を忘れても届けてくれる美少女(義妹)

・水筒を飲ませてくれる美少女(お姉さん)

・予備の美少女(Hカップ)』


 クソッ!

 正解は水筒だったか!!?

 あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 もどれ、もどれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……


 ディスプレイを連打するも、嫌味ったらしく美少女の文字が濃くなっただけで何も変わらない。


『現在のステータス を表示します』


 しばらくディスプレイ相手に格闘していると、画面が切り替った。

 ステータスとは、またゲームらしい言葉が出てきたものだ。


『上野群馬 男 20歳

状態 肉体:健康 精神:後悔(大)

HP 9 MP 17 SP 9

筋力 11 知能 17

耐久 9  精神 15

敏捷 11 魅力 11

幸運 17 

スキル

索敵 10

目星 2

聞き耳 1

捜索 2

精神分析 3

鑑定 1』


 いつの間に俺の能力は数値化されてしまったのか……

 知能、精神と幸運が高めだが、基準が分からないので何とも言えない。

 自分なりの評価だが、筋力や足の速さは一般平均程度だと思っている。

 それなので11前後が平均的な数値なのだろうか。


 自分のステータスを眺めていると、スキルの項目に薄暗い文字で『ON』と表示されている。

 試しに『索敵』の隣にある『ON』に触れてみる。



 突然、視界の端に円形の地図が現れた。


「わ、わ、わ」


 いきなりの事態に思わず間抜けな声が出る。

 ステータスの表示も『精神:パニック(小)』に変化している。

 明るい文字となった『ON』をもう一度押すと、視界の地図が消えた。


 そこでようやく冷静になったので、再び『ON』を押すと、やはり視界の端に地図が現れた。

 地図には、この部屋内の情報が表示されている。

 これはどうなっているのだろうか?


 腕の機械がどうなっているのか調べたところ、意外にもあっさり取外すことができた。

 しかし機械を取り外しても、地図は消えない。

 機械を腕に装着し直すも、当たり前だが変化はない。

うん。


「かがくのちからってすげー」


 地図にはこの部屋のテーブルや椅子の位置も表示されており、おそらく俺の事を表している矢じり型の表示が中心に位置している。

 テーブルの位置を移動させてみると、地図に表示されたテーブルの位置も動き始めた。

 ……うん。


「かがくのちからってすげー!」


 そうだよね、もう西暦2045年だもんね。

 そりゃあ、技術も進歩するってもんさ。

 ニュースでも大学の講義でも技術論文でも、見たことも聞いたこともない技術だけどね。


 俺は穏便に帰れる僅かな希望を失った。


 薄々気づいていたが、どうやらとんでもないことに巻き込まれてしまったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る