第14話 言い訳



「は…………?」



 今度こそ本当に、自分の目に映っているものが現実だと受け止めることができなかった。



 屋敷が燃えている。たった一言で表すことができるその事象の原因が何かなんて、疑いようがなかった。けど今は……。



「――――っ!」



 頭で考えるよりも先に、足が動いていた。屋敷までの距離はそんなにない。今から助けに行っても間に合うはずだ。



 ――が、轟々と燃え盛る炎目掛けて駆けだした俺の行く手を遮ったのは、目指していたものと同じ炎の障壁だった。



「行かせないよ」



「リュウ……!」



 無機質な表情で俺を見下ろす白パーカーの男は、困ったように頭を振る。



「ここで君が戻ったら、何のためにここまで離れたのか分からないじゃないか」



「ほんとお前、涼し気な顔でえぐいことやるよな」




またやったよこいつ、と言った表情で肩をすくめるコフ。



 この二人は本当に同じ人間か……?




 それともこの世界ではこれが当たり前のことで、ズレているのは俺の方なのか?



どちらにせよ、身長の何倍もある、リュウの放った意思を持ったように燃え盛る炎の壁を突破しなければ何もかもおしまいだ。



火災で真に恐れるべきは、火に焼かれることではなく、煙を吸い込むことだと以前テレビか何かで聞いたことがある。




リュウの炎の火力がどれほどのものなのかは分からないが、外からの怪我は多分ある程度は魔法で何とかなるはずだ。




しかし問題は、多量の煙が体内に入ってしまった場合にも魔法が有効なのかということ。




 炎は縦だけでなく、横にも大きく広がっているため迂回していてはみんながもたない。雷を纏ってあれを無傷で突き破れるか……?



 元の世界ではフライパンの跳ねた油が腕についただけで、声を上げてビビるぐらいの男だぞ。たとえ全く熱さと痛みを感じないと約束されていたとしても、そこに飛び込む勇気は俺にはなかった。



 いや、そもそもこうして考えている時間自体がもうみんなの死期を早めていて――



「さあ行くよディラン君。約束を破ったことは謝るけど、そうでもしないと君は大人しく来てくれなさそうだったからさ」



「だからって、こんなこと……! このままじゃみんな死んでしまう……」



「うん、最初からそのつもりだったから。君のような子供はまだ外の世界のことを知らないと思うけど、僕らは魔法の力が全てなんだ。恨むのなら僕じゃなくて自分が弱いことを恨んでね」








 …………。







 無駄だった。俺とこの男の間には、絶対に正すことができない歪がある。だがしかし、言っていることは俺に突き刺さる物があった。


 


リュウに取引を持ち掛けられたとき、俺は心の底から安堵していた。主導権は最初から最後まで向こうにあったというのに、なぜかこっちが得した気でいた。




そんなうまい話があるわけないだろう。俺が今まで読んできた小説や漫画に、目的が達成されたら目撃者を野放しにする悪い奴らがいたか?




物語の中にさえいないんだ。現実にもそんなことあるはずないだろ……!




 何のリスクもあると考えず……違う、本当は最悪のパターンだって頭をよぎっていたはずなのに、俺はそれに気づかぬふりをした。見て見ぬふりをした。



もし火の中にいるのが楓だったら、俺はこんなに迷っていたか? フライパンの油と天秤にかけるか?



そんなことはないだろう。火力がどうとか考える以前に、真っ先に飛び込んでいたに違いない。




結局のところ、俺は選んだのだ。それっぽい言い訳を勝手に作り、自らそれを肯定して良しとしただけ。



 

この状況を招いたのは、俺の浅はかで身勝手な行動の結果でもある。












……











…………











………………














『何をそんな辛気臭い顔をしているの? 君の力はそんな物じゃないでしょ?』

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