八冊目 ラメルノエリキサ その三
自分の顔が歪むのが分かる。
相変わらず嫌なシンクロの仕方してるね。復讐ものって……しかも昨日の今日でのこのタイミング……狙ってんじゃないだろうな。狙ってんだろうな。
「例えば?」
無視するわけにもいかない。
私からの質問に姉妹二人はそれぞれ決まった方向に首を傾げると、ごにょごにょと二人で耳打ちし始める。そうして、妹が己の筆箱からマジックを取り出すと、姉のスケッチブックにきゅっきゅっきゅーと何やら書き始めた。面倒なやり取りである。口で言え、口で。単にこの状況事態を面白がっているんだろうけどね。面倒なことには変わりない。
「……」
「……」
書き終わると何も言わずに姉妹は食事を再開し始める。スケッチブックには、
『ラメルノエリキサみたいなやつ』
と、書かれていた。
「ラメルノエリキサね」
口の中で繰り返した。
ラメルノエリキサ。
著者、渡辺優。
第二十八回すばる新人賞受賞作。購買欲唆られる変わったタイトル。あの宮部みゆきからして「私はこの小説と心中します」とまで言わしめたという。
物語は主人公、女子高校生のりなが夜道を歩いていると、突然背後から背中を刺されるところから始まる。普通なら警察に行くかして、普通のミステリが始まったりなんだりするんだろうけど、りなの信条は、どんな些細な不愉快事でも必ず『復讐』でケリをつけること。手がかりは犯人の残したラメルノエリキサという謎の言葉のみ。大分変わった女子高生、りなの復讐劇が今始まる――。
ってな、あらすじ。
この辺は本の裏のあらすじに書いてある。
昨日まで話していた読後ずっしり来るようなおもたーい小説ではない。軽めっていうのとも違うけど、薄くてサクッと読める。それでいて文体が現代的。主人公りなさんの性格はぶっ飛んでるけど、割かし女子高生の私たちにはしっくり来る作品じゃないだろうか。
「にしても、復讐ものでラメルノエリキサね」
「んー、なんでだろう? しっくり来たんだよね。この小説。何故か」
「どうしてかしらね」
復讐ものと言えば、昨日話してたところだと、同じくキャラのアクの強さで米澤穂信の小市民シリーズ、テーマは始めこそとっつきにくいかもしれないけど最高にエンタメしてる垣根涼介のワイルド・ソウル、衝撃のデビュー作となった湊かなえの告白などなど、まだ他にパッと思いつくものがありそうなのに。
……作中の姉妹にシンパシー覚えたんだろうな。
変人姉妹出てくるもんね。
賞の傾向的に謎解き部分はどうなんだろうと思うかもしれないが、けっこうミステリっぽさもあるからすっきりもする。すかっともするけど。
「まあでも」
私は話を切り替えるつもりで言った。
「復讐ものだったら遠からないうちに見せられるよ」
「あら珍しい」
「未来予測? タイムリープじゃないよね」
「未来予測でもタイムリープして二人の希望をあらかじめ聞いていたわけでもないよ。結果的にそうなっちゃっただけで。もちろん、すっきりすかっと、どっちも読んだ当人次第だけどね。復讐ものでもあることには変わりがないよ」
「ふうん……でも?」
「ふうん……でも?」
姉妹はよくわからないといったように食事を再開し、私もそれ以上は触れずに黙々と食べ始めた。昨日とは違う、穏やかな時間が三人の間に流れる。
ふと、顔を上げた。
掛かっているスケッチブックの文言がさっきまでと変わっている。
『足りない。お腹空いたあ』
結局……。マジックで何やら書いているのは気付いていただろうに、横に座る妹は、姉の存在を無視して食事を続けている。その姉は、なにも言わずにじっと私のお弁当に視線を注いでいる。
ため息をぐっと飲み込んだ。あんまりはあはあ言ってても幸せ逃げちゃうかもだしね。
からあげ一つ頬張った。いつかみたいに取られないようにしないと。
ま、あげるんならこれだろう。
「はい。取っていいよ」
パアッと姉の顔が光輝いた後、瞬時にして曇った。
差し出した私のお弁当、その最後に残っていたのはオレンジ色したカボチャの煮付け。
それでも空腹には抗えないのか、おずおずと箸を差し出すと、何個かあるうちのカボチャを一つ摘んでいった――って、一番でっかいやつ持っていきやがった。……いいけど。
私は残ったカボチャを切り崩しながらも思う。
ミキミキが今現在やってるそれ。スケッチブック。
それ事態が私に対してのささやかな復讐と言えなくもない。復讐は連鎖するという言葉があるけれど、あれは実際にあることなんだろう。
私が、今こうしてやってることも、見方を変えれば復讐だろうか。
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