五冊目 クドリャフカの順番 その三
♪吾子嗣ミキミキ
「えー? 覚えてないのー? ひどいなー。あいちゃんだよー。あーちゃんが泣かせたんじゃんかあー。遊んだのは一回だけだったけどさー。楽しかったもーん。覚えてるよー。あーちゃん、あいちゃんがずーっと大事そうに被ってたカボチャ勝負に負けた後、無理やり奪い取って放り投げて割ってぐっちゃぐっちゃに破壊したじゃーん覚えてないのー? えー? そっからー? もおー。みーちゃんとあーちゃんが発案した遊びだよー? 戦争ごっこなんて馬鹿みたいなこと言ってみんなの静止を振り切って空き家で遊ぶことにしたんだよー。花火たくさん抱えてきてわけのわかんないこと延々喋ってたのあーちゃんじゃーん。まーわたしたちだってそりゃー楽しんだけどさー。そこはいいけどねー。たださー。あーちゃんあいちゃんと初対面なのに戦争ごっこに負けたらそのカボチャわたしがもらうって言っちゃってさー。もー完全にいじめっこだよねー。いじめっ子理論ー。勝負を受けたあいちゃんもあいちゃんだけどさー。そんであいちゃん勝ったのに無理やり奪って壊したらそりゃー泣くよー。あーちゃんもあのときはすごく悩んでたみたいだったけどねー。でも三日後にはケロッとしてたよねー。あのときわたし思ったもんー。あー、いじめっ子ってこうやって相手の気持ちを考えずに相手に接して、そうして、いじめを受けた相手はずっと悩んで抱えて生きて、なのにいじめっ子はそんなことは些細なことと日々忘れ去って生きていくんだろうなーって。わたし諸行無常っていうか世の摂理をそのとき学んだよねー。学ばされてしまったよねー。
あっ! はーい! 今行きまーす。じゃーねー! あーちゃんー!」
咎めるように、普段のんびりとした彼女が少し興奮するように一息に喋った後、彼女――幼馴染の丘羽もっちは、わたしに手を振って生活指導の先生に呼ばれ駈けて行った。
「大丈夫かしら。あの子」
記憶を現在へと引き戻す。
目の前ではミキが、いらないいらないと言う亜以の口に無理やりセロリを突っ込んで黙らせている。
昨日のこと。
トイレでも行こうとしていたのだろうか、廊下でばったりすれ違ったもっちに「亜以と知り合いなの?」と訊いてみた。授業間の五分休憩。お互い一人だった。
そうしたら返ってきた衝撃の事実。……いいえ、もしかしたらもう十年も前のことだし、あの子の記憶違いという可能性もあるはずいえでもあの子に限ってそれは……。
謝った方が正解かしら……。
でも。でもでもっ。
『あいつ。
また会ったら今度は絶対に私が泣かしてやる。
あのミイラ――あいつだけは絶対に許さない』
「うう」
思い出されるのは亜以が語った一連の幼少時代のエピソードと、エピソードの最後に放った恨みの乗せられたその言葉。
普段の嗜虐心をくすぐる困ったちゃんみたいな表情が、ぎゅっとなってわたしも思わず心臓をひくひくっ、とさせてしまった。あの時の亜以はちょっと怖かった。ぶるるん。
……さっきからミキの視線を感じる。
ちらりとこちらを一瞥するよう。だけど、特に何を言うでもなく様子見という感じの視線。もちろん今のところは。
様子がおかしかったかもしれない。
でも、まだ気取られていないはず。
とりあえず。
とりあえずの方針。
一旦、黙っておこう。そうしよう。
一旦……来世まで……いいえ、流石にそれはやり過ぎだから墓場まで……タイムカプセルに埋めておくくらいの気持ちでいましょうか。記憶の片隅にとは言わない。記憶の奥底の、決して開けてはならない鍵付きのボックスに閉まっておくくらいの気持ちでいましょうか。十年二十年或いは三十年経った後で忘れてなかったらそのときにまた謝るかどうか決める。そんな方向で。
うん。うん。うん。よし。よし。いける。いける。いけるよわたし。
そうと決まれば気取られないようにしよう。
もっちはどうしようかな。対策を考えないと。クラスは別とはいえすぐ隣。今後別クラス同士の合同授業だって出て来るし、そうじゃなくてもあの子は廊下ですれ違っただけで、長年の友人みたいに寄って行って亜以に話し掛けていくだろう。まるで犬のように。
それとミキ。双子にはテレパシーがあるとかなんとか専門家が知ったような口を叩いている姿をよくテレビで見掛けるが……そんなもの、ない。人間にテレパシーなんて備わってないのだ。
全く、完全に理解っていないことを理解ったような口ぶりで語らないで欲しい。語るならまずわたしを通してからにして欲しい。
……ミキは大丈夫かな。とりあえず。
「……」
つと中庭を見つめる。
冷静になってみると、わたし一回泣かされているんだからアレでチャラってことに出来ないのかな。中庭で食べたとき。わたしは亜以に数々の誹謗中傷を受けた。亜以からまだ詫びの一つももらってない。いえ、むしろわたしの方こそたった今数々の品を恵んでやったのだから、泣き一つに対しての詫びの数でいうとわたしの方が上なはず。面白い漫才小説読ませてくれるんならプラマイゼロくらいにはなるけど、今はたぶんわたしの方がいい感じに上なはず。
「そろそろ終わりね」
「あっ、まだ食べたかったのに。ピーチ味だけまだ食べられてない」
亜以に渡した紙袋を奪った。亜以は唇を尖らせて少し不満気。どの味も一緒くたに袋に突っ込んだからどれか分からなかったんだろう。
「ふふふ。泣いて許しを乞うなら食べさせてあげてもいいわ。もちろん見た目だと分からないからわたしがピーチ味を引き当てたときの食べかけになるけれど」
「……そんなのやだよ。ていうか、何に対してわたしが謝んきゃいけないの? 意味分かんないよ」
「そのご自慢の胸に手を当てて考えなさい。過去の罪が、時の経過と共に洗い流されるなんて思っていたら大間違いよ。時効も少年法も日々見直されているの。それを胸にして生きていきなさい」
「なんで怒ってるの? なにを言ってるの?」
胸を抱いて嫌そうな顔をした。身長低い割に胸が大きいのを気にしているのか、そこを弄られるのは嫌らしい。うふふふふふふ。面白いこと発見しちゃった。そろそろ「同じことを変化付けてもう一度~」リピートいじりも飽きてきたし、新しい遊びが欲しかったところ――
「お姉ちゃんさ。なんか隠してる?」
「ぎぎくうぅ!!」
「ん?」
「……はっ!?」
気付けば妹が頬杖をつきながらこっちを訝しげに見ていて、正面に座るちみっこい小動物は片眉を釣り上げて首を傾げていた。わたしの反応が不審に映ったらしい。
どうしよう。
ごま、ごま、ごまかさねばねーば。
あっ!
「夢々(むー)!」
机に手を付いてバッと立ち上がる。椅子がガタッと鳴った。わたしの反応が予想外だったようで、机を囲んでいる二人もびっくりしたみたいだけれど、何よりびっくりしていたのは、先ほどから教室前方の扉の影でちらちらと顔を覗かせている友人。
わたしたち双子の幼馴染。
小学校に上がる前からの。幼少期の。三人いるうちの一人。
本千代夢々(もとちよむー)がそこにいた。
「お昼ぅ、一緒に食べてもいいかなぁ」
彼女はおっかなびっくりぐるりと教室を見渡しながら言った。
わたしに取っては天からの助けにも思えた彼女の登場――だが、彼女の登場は、わたしたち三人の関係を大いに崩すことになってしまう。
世界の全てがわたしを追い詰める。
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