五冊目 クドリャフカの順番 その二
★吾子嗣(あごし)ミキ
今日のカツ丼は大当たりー。うましすうましす。
コンビニのカツ丼はご飯がダメ。なんか固いんだよね。カツの味はまあまあなんだけど肝心のご飯がパサパサしていて、それを汁で無理やり柔らかくする感じがどうにもこうにも好きじゃない。
ほっともっととかも悪くないんだけど、最近のわたしのお気に入りは近所の商店街にある定食屋さんのカツ丼。カツももちろんご飯も美味い。ボリュームがあり過ぎるのが、うーん。
最近はどこもかしこもテイクアウト始めてくれたから、大変助かる。開拓楽しい。カツカツカツカツ。来月は親子丼にしよう。や! やっぱ今月は肉行き過ぎたから来月は野菜オンリーにしよう!
それにしても……。
わたしは目の前に座るちみっこい友人を見やる。
そんなんで足りるんだろうか。足りるんだろうな。だからそんなにちっちゃいんじゃない? と言いたくなったけれど止めておく。わたしは優しいから。
水乃戸亜以。三月三十一日生まれ。牡羊座。この春、この高校に入学してから仲良くなったクラスメイトであり友だち。
肩までの黒髪、いつも困ったような表情、制服は特に着崩さない真面目ちゃん。身長低い。たぶん学年一二? 一四〇代で止まったらしい。南無三。来世に期待。
猫背で常におっかなびっくりしているけれど、熱くなったときはこっちが引くほど熱くなって語ってきたりする。あまりコミュニケーションは得意ではない――というか、自分を客観視することに欠けているのか、自分の中で思い詰め過ぎてから言うタチなのか、結論だけを言う癖があるのか、或いはその全てなのか、ここまで付き合ってみて分かった。変な子。
わたしたち姉妹と仲良くなった切っ掛けもそうだったし、いつだかの中庭ランチタイムのときも唐突に今日は中庭で食べたいなんて言ってきてびっくりした。バトロワのときの質問も最初意味不明だったし、付き合ってると結構あるんだよね。子供の頃からそうだったのかな?
そんな性格故か、亜以の書く小説は理屈っぽい。理屈に塗れている。考えていたことをわっと喋るみたいに。
「言葉の洪水」って言葉は、小説書く上だと良い言葉に聞こえることが多いかもしれんけど、亜以の場合はどうだろうね?
面白いって言えば面白いんだけど、理屈っぽい割に、小説事態を書き慣れていないのか、単純に読みにくいんだよね。もっと悪く言っちゃば文章下手クソ。知識、描写、他色々、本人の中で書きたいことがあり過ぎてまとめ切れていない感じ。
偉そうなこと言っちゃうと、光るものは感じるよね。だからお姉ちゃんと一緒にあーだこーだアドバイスしたり、無茶振りしたり無茶振りしたり無茶振りしたり無茶振りしたりしてる。
慣れよ、慣れ。所詮。
書くの遅いんだよ。もたもたごちゃごちゃ考えずに手ぇ動かせ手。
「漫才小説はどうなったの?」
気になっていたことを訊いた。書くと言ってからすでに一週間以上は経過している。筆の早い作家は一週間あれば一作書き上げられるという。亜以は確実に違うだろうけど、ある程度は進んでいるはずだろう。だって、なんか張り切ってたし。が、
「うぇっほ! ごっほ! ごっはぁっ!」
この反応見るに大して進んでないみたいだ。大丈夫?
「これ、飲みなさい」
胸をどんどん叩いてぜえぜえ言ってる。よっぽど触れられたくなかったのかな。今にも死ぬんじゃないかってくらいの咳だった。引く。
亜以はお姉ちゃんから手渡されたお姉ちゃんお手製の謎ドリンクを一口含み表情を歪めた。そういえば昨日お姉ちゃんは生姜と大葉を煎じていた。予想外の味に余計に咳込んでいるような気がするけど、まあなんとか落ち着いたみたい。
「……ミキ」
「はい」
纏う雰囲気に思わず敬語を使ってしまうわたし。
「面白いってなんだと思う?」
「さあ。個人で違うんじゃない?」
だめだねこりゃ。
詰まってるらしい。適当なわたしの回答に、ただでさえ困った感じの眉がさらにしょぼくれて滑り台。部首で言うと、ひとがしらがはちがしらになった感じ。漢字だけに。伝われ。
「亜以」
「なあに」
「これでも食べなさい」
「え。いらない」
「いいから食べなさい」
「……けっこう美味しい」
「でしょう? まだまだたくさんあるからたーんとお食べ。お食べったらお食べ」
「うん」
うーん??? たぶんわたしたち姉妹にしか分からないこと。
今日のお姉ちゃん、ちょっとおかしい。舞辺りなら、あんたの姉が変人なのはいつものことでしょって言ってくるんだろうけど、それ認めたらわたしまで変人扱いになりそうっていうかそういうことじゃなくて。
様子がおかしい。
お姉ちゃんは他人に、友人も含めて自分の作った料理をあげるといったことを滅多にしないのだ。
料理作る人って少なからず他人に食べてもらうことを喜びにする人って多いと思うし、一人暮らしの人とかであまりそういう機会がなくても、偶然家に友だちが遊びに来て、それで自分の作った料理を美味しいって言ってもらえたら普通に嬉しいよね。ね?
けど、お姉ちゃんの場合、自分が作った物は自分の物、他人に分け与える分量など用意していない、食べたくても絶対にあげないって考えを徹底して行動で示す。例えこっちが味を褒めても高確率で素っ気ない。「そう」+(プラス)「いらん一言」で終わりだ。
あ、味は半々でマズい。今日は当たりらしい。よかったね。
……いつだかの中庭シチュー? あー……たまにあるんだ。たまーに。わたしの食生活心配して、朝作ってくれたり。たまーにね。なんだってシチューって思ったけど。カレーでいいじゃんカレーで。美味しかったよ。うん。
ま、それはいいよ。
最近でもそう。思い当たる節もある。
わたしはお姉ちゃんと違って、慈悲の心がある。からけっこう人に物はあげてる。お姉ちゃんとは違うのだよ。お姉ちゃんとは。
目の前でもきゅもきゅ突起物の生えたサータアンダギーもどきをちまちまジャンガリアンハムスターみたく食べてる友人を見やり、視線を外した。
わたしの横に座るお姉ちゃんは何時になく慈悲深い、聖母みたいな表情をして彼女を見守っている。
胡散臭っ。
「さっきはごめんね」
「なにが?」
「こういうの書けばいいと思うわ、なんてことを言ってしまって。亜以がそんなに悩んでいるなんて知らなかったの。いつもそうなの。わたし、亜以と違って考えずに感覚で喋るから。
亜以の事情なんてわたし、これっぽっちも、全くと言っていいほど考えていないのに、それでもわたしが適当にぽんぽん出したお題とも呼べないお題を亜以は真剣に書いてくれる。
わたし、いつも本当に感謝してるの。毎日の生活にささやかな娯楽を与えてくれる亜以の存在に」
「そんな……私の方こそ……私なんかが書いた素人の小説をいつも真剣に読んでくれて……感謝してるのはこっちで」
「いい。悩むことだって時には必要。催促なんてしないわ。ゆっくり書いて。そして楽しみにしてる。例え、どんな出来でも見せてね?」
「ミキミキ……」
きっしょ。
他人を気遣うお姉ちゃんなんてお姉ちゃんじゃない。
ありのまま、毎回毎回自分勝手に適当に喋る奴こそ、わたしの姉だ。いやまあ発言の節々に生来の自分勝手さは滲み出てるけど。
さっきだって、歌を止められて素直に止めたことと言い……。
なーんか隠してるなぁ、この姉。
視線を下にやった。
机の下で両手の指先をもじもじと擦り合わせている姉、その姉が浮かべている慈悲の表情、どうにもこうにもちぐはぐだ。モナリザがあの顔で重ね合わせた両手の指をもじもじやってたら誰だって違和感感感だろう。
わたしはいつの間に無意識で食べ終わっていたカツ丼から隣の野菜スティックへと手を伸ばす。
手に取ったセロリは萎びていた。
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