柔らかいかき揚げ

逢明日いずな

ドロドロのかき揚げ


 やかんに、丼一杯分の水を入れる。


 水量は、やかんを見ても、水道の蛇口を回した角度や時間、流れる水の音、そして、手にかかる重さでも、大凡分かる。


 目的の量を入れると、コンロに置き、ダイヤルを右に回す。


「カチン」


 回すと、着火用の音がするが炎は出ない。


 3回ほど行うが、コンロに炎はともらない。


 ガスの元栓も問題ない。


 顔をコンロに近づけると、鼻をつく、ガスの独特の匂いがするので、ガスはきている。


 仕方がないので、マッチを用意する。


 マッチのパッケージには、パイプの絵が描かれており、マッチ棒は、半分ほど使っていた。


 マッチ棒を1本取り出す。


 半分まで使ったマッチは、マッチ棒を取り出すには丁度良い。


 1本取り出したマッチ棒を、箱の側面で擦ると、火をともす。


 コンロに持っていき、ダイヤルを回し、マッチの火で炎を灯そうとすると、コンロは、勝手に炎を灯し、やかんを温め始める。


 仕方なく、右手を振って火を消すと、マッチ棒を水盤の水が、わずかに溜まっている中に入れる。


「ジュッ!」


 マッチ棒の火が消えた事を確認し、空になった調味料瓶の中に入れる。


 透明な瓶に赤い文字で商品名が描かれている。


 使い終わった瓶は、灰皿がわりに使い、明日、マッチ棒の火も完全に消えているので、ゴミと一緒に処分する。




 お湯を沸かしている間に、緑のたぬきの用意をする。


 外側のラミネートをとり、緑色をベースに、蕎麦とかき揚げの写真、その蓋を指定の位置まで開く。


 中には、かき揚げと出汁の袋が入っている。


 袋を開けて、麺の上にかけると、少し揺らして、麺の上の出汁を落とす。


 そして、緑のたぬきを、テーブルに置く。




 ガスにかけたやかんは、徐々に口から湯気が出始めるが、沸騰はしてない。


 お湯が沸くまでの時間は、緑のたぬきを用意するよりも掛かってしまう。


 こんな時、電気ポットがあればと思うが、買う気になれない。


 暖かいお湯がいつでも使えるのは、ありがたい。


 お茶を、コーヒーを、インスタントの味噌汁を、コーンスープを飲む。


 飲みたいと思った時に、お湯があるのはありがたいが、電気ポットを買って、家まで帰ってくる時の事を考えると、二の足を踏んでしまう。


(店で買って戻る時、電車で、電気ポットを抱えて乗るのか? 吊り棚に置く?)


 その構図が、周りからどう見られるか考えると、電気ポットを買う気にならない。


 コンロで湯を沸かしているときは、電気ポットが欲しいと思うが、いざ買いに行くと、周りの目が気になり、買う気にならないのだ。




「シューッ!」


 やかんの音で、コンロの火を消し、緑のたぬきに注ぐ。


 内側のラインを確認して、ラインより約3ミリ上まで、周りからは、お湯が多いと言われるが、その多さが良い。


 かき揚げが完全にお湯を吸って、ドロドロに溶ける。


 サクサクだから美味いと言われたが、私は、かき揚げの硬さが癪に触る。


 天ぷらのころもは、柔らかくないと食べる気がしないのだ。


 それは、子供の頃、天ぷらを食べすぎて、口をころもで擦ってしまい、口内炎を起こしてしまったことがあるのだ。


 その記憶が、カップ麺のかき揚げは、柔らかくして食べる。




 3分が過ぎ、蓋を完全に開いて、中を確認する。


 麺の上には、かき揚げが乗っているので、ゆっくりと箸でつまむ。


 ドロドロのあげを掬い上げて口に運ぶ時、揚げが落ちないように慎重に箸を口に運ぶのだ。


 落とさないように、カップを左手で持って、右手の箸の下に置き、箸を口に持ってくる。


 最初の一口を食べる時の儀式だ。


 儀式が終わると、そばと溶けたかき揚げを同時に口にかき込む。


 箸でスープをかき混ぜ、そばにドロドロのかき揚げが、ついたそばをすすりながら食べる。


 その柔らかくなったかき揚げの食感を感じつつ、そばを食べるのだ。

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